9月1日その2

飛行機壊さないでね~!
トイレがすぐ近くだったので色んな人が来るけれど、通路の向こう側の斜め前なので、人の動きで(ぶつかったり等)邪魔されることなく、座っていることが出来た。ということで、当然のことながら人間観察が出来る。これが、また結構面白いんだわ(笑)。で・・・トイレだけど中国語でも「厠所」って書いてある。頭上の電光表示には、使用中の場合「有人厠」ってランプが点く。フムフム、漢字だし、意味判るわ~(笑)。勿論国際線だから、英語(OCCUPIED)も表示してあるけれど、乗っている人の年代からすると英語よりも漢字のほうが判るんじゃない?って人達ばかり。だけどね・・・年配者って視野が狭いから、ってより思い込みが激しいから周りを見ない人が多いので、色々とやらかしてくれるのだ(^m^)。

トイレ=厠所海外旅行をしていて、いつも思うのだけれど、今の時代の年配の人って、お金も暇も十分に有るので、海外旅行を何十回としている人がかなり居る。中にはしっかりと学習して帰ってくる人もいるけれど、「ただ行ってくるだけ」「行けば満足」ってことで、何にも学んでこない人も居るようだ。で・・・今回は後者の人が多かったみたいで・・・(笑)。まずトイレ。飛行機のトイレってドアを内側に押して開けるのが普通。押す場所も「PUSH」と書いてあるので、そこを押せば難なく開けられる。まして今回は中国語で、って言うか、漢字で「押」って書いてあるので理解できないことはないと思うんだけど。。ドアの端っこの方を押してみたり、あれこれやっている人もいるし、ドアを開けた時点では暗いので(締めると電気が点く仕組み)、スイッチを探しているそぶりの人、「有人(=使用中)」となっているにも関わらず、ドアを開けようと頑張っている人など様々だった。「有人」なんて文字を見れば凄く判りやすいんだけど、多分機内で過ごすということで、舞い上がっている人も多いんじゃないかなぁ?また、出るときはドアを押さえていれば、大慌てで出なくても大丈夫なのに、押さえていないから(構造上、ドアが自動的に閉まるようになっている)挟まれないように飛び出るようにして出てくる人もいた(笑)。

全日空とのコードシェア便といえ、機体もスタッフも全部中国国際航空の人ばかり。珍しく日本人スタッフが1人もいなかった。うん・・・中国は国営企業なのかしら?その割には機内雑誌には「民航」って書いてあったけど、よく判らん。(←調べようとは思わない私)。で・・・今では機内は禁煙は当たり前となったけれど、禁煙になるのが一番遅れていたのが中国航空会社などだった。だから昔の作りなので、トイレのドアの脇に、壁に組み込まれた灰皿があった。勿論そこには英語の「Ash Tray」の他に「灰皿」と書いてあるし、どう考えてもトイレのドアとは考えにくいのだけど・・・。飛行機のトイレの幅の常識から考えてもドアとは思えないくらいの場所にそれはあったし・・・。でも、3人に1人くらいの割合でその灰皿を引き出す人が多く、そして自分の間違いに気がつくと周りを見回す人が殆どだったのは、紛れもない事実である。

何人かが灰皿を引き出すのを見ていたのだけど、1人の老人(男性)の怪力(馬鹿力?)には母と目を合わせて「!!」だった。また、ど~してその時、2人して起きていたのかは不思議。これはきっと神様が「見ていなさい」と思し召し、私達親子を起こしていたのかもしれない。

1人の老人が他の人と同じようにトイレにやってきたのである。そして、多くの人がやったように灰皿をドアの一部と勘違いしたらしく引き出したのである。ここまでは・・・普通の人と同じことをやっていた。しかし、当然のことながらドアは開かない。その人は完全にそこをいじればドアが開くと思い込んでいるので、何度かいじっていた。そのうち「バキッ!」っと音がした。え?バキッ??何の音?って思ったので、そちらを向くと、灰皿を壁から外してしまっていた。恐るべし指先の怪力。トイレの目の前に座っている人は爆睡していたから、多分見ていたのは私達だけ。で、その老人は内心は焦っていただろうけど、何事もなかったかのように灰皿を元の位置に押し込んでいた。そして、やっと「押」の文字に目が行き、トイレの中に入ったのである。中に入ったので、私達の会話は聞こえないので喋りだしたけれど、第一声が「見た?あの馬鹿力。何も壊すまで力込めなくても・・・」だった。数多く海外旅行をしているけれど、飛行機を壊した人(大げさ?)を見たのは初めての経験だった(^^;あからさまには笑えないので、母と2人で目を合わせてニヤニヤ。当の本人が居なくなってから、2人でコソコソと話をしてまたもやニヤニヤ。

ここで、誤解のないように言わせていただくけれど、「正しいトイレの入り方」を教えるのは簡単なこと。でも、人によって・・・特に年配の人・・・にはプライドの高い人もいるので「そんなこといちいち教えてくれなくても判る!」って逆にこちらが不愉快な目に遭うことが多いため、日本人観光客には敢えて、アドバイスはしないようにしているのである。好意で教えてあげたのに、逆にこちらが不愉快な思いを進んですることはないからだ。まして、ツアーなどの団体の場合、「周りに恥をかかせた」と思い込む人も多いので、余計なトラブルを避けるには、見て見ぬ振りが一番いいのだ。

これが明らかに外国人と判る人から、ジェスチャーなどで教えられた場合は、対応が異なる。お礼も言わない代わりにその通りにするからである。でも、同胞であるがゆえに、問題は面倒なのである。

衝撃的な事件(?)の動揺が収まり、またもや眠りの世界へ。なんせ朝が早かったから、いくらでも眠れるのである。神経質な母でも「飛行機は唯一眠れる乗り物」で眠りについていた。

中国入国手続きへ・・・
アナウンスで目が覚めた。どうやらあと20分ほどで北京国際空港に到着とのこと。毛布を畳み、ケバを取らないと・・・。畳みながら毛布に「成都(せいと 中国読み「チェンドゥ」)までの経由の客」印のシールを発見!剥がして再度洋服に貼ったけど、元々粘着力が弱いから、どこまで保つやら?窓から外を見るとどんよりと曇っている。地上の外気温のアナウンスも入るけど、摂氏ではなく華氏。おい!そこまで外国かぶれしなくても・・・と内心思いつつ、華氏で言うことによって、先進国のイメージを出そうとしているのかもしれない。着陸は・・・ひっさびさに、物凄い衝撃でドスン!去年のアリタリアでもこんな衝撃はなかったぞ~。母なんて数年前の台風の暴風雨の最中に北海道からの便で羽田に下りた経験があるけれど、それでも素晴しい着陸だったと話していたくらいだったし(その時の機長のアナウンスがまた惚れるぜ~って感じ。「(無事に降りれるとの)絶対の自信があって降りるので安心していて下さい」と言い切ったそうな。かっちょいい。。)。

携帯大国の中国なので、着陸と同時に周りの人達は携帯の電源を入れて喋り始める人も。。ま~、落ちる可能性はなくなったからでしょうけどね、やっぱりイマイチのモラル。我先主義の中国なので、棚から荷物を下ろして、早くも降りる体制に。後ろからドンドン詰めてくるので、通路に出ることにした。

国際線だけど、今どきタラップかぁ~と思いつつ階段を降りていくと、下にバスが待っていた。上から見ているとシールを貼っている人と貼っていない人を見分けて、貼っている人は目の前のバスに、そうでない人は少し離れたバスにと振り分けていた。バスのところには「成都(せいと 中国読み「チェンドゥ」)」って書いたプラカードを持った係員がいた。私は、シールを貼っていたにも関わらず呼び止められたので、肩のシールを見せると係も納得。本当はこのシール、持ち帰って(それほど価値はないが)この旅行記に「こんな感じのもの」って写真を載せたかった。しかし、バスに乗る瞬間に、ヒラリ~~ンと剥がれ落ち、バスの下に・・・。ま、そんな程度のものなのね(^^;

北京『国際空港』のバスなのに、クーラーはついていなかった。外は物凄い暑さなのに・・・。同じ中国なのに香港人の爪の垢でも煎じて飲ませたいくらいだった(香港人はクーラー大好き。キンキンに冷やす=ステータスがあると思っている)。ともかく北京は内陸なので、夏には40℃くらいは普通に上がる。飛行機からの熱風もあってクラクラ状態。そんな中、一人のサングラスをした警備員に目が留まった。他のスタッフと違ってサングラスが物凄く似合って、(多分その下も)カッコいい。ウヒョ~!サングラス外してみて~!と思ったけど、案外外さないほうが良かったりして(笑)。最近の中国では人造美女とか人造美男とかが多いとか。人造って機械じゃなくって、「美容整形」のこと。なんかこの「人造」って意味判ると面白くない?(笑)国際化と経済の発達から(?)、中国(特に北京、上海等の大都市)では美男美女でないと就職口がなかなか無いそうだ。彼もそのうちの一人かも知れない。

やっとのことでバスが走り出す。いくらか開いた窓から熱風が入ってくる。熱風でも無いよりはマシな感じ。目の前の建物を通り越し、別のターミナル(?)へ。そこで、中に入るようにと指示を受けた。中に入るとクーラーが効いていて別世界。生き返った感じ。中ではまた別の係員がいて、「成都(せいと)」って日本語で言っているのだけど、どう頑張っても聞こえず・・・暫くして耳が慣れてやっと「成都(せいと)」と聞き取れるくらいだった。どうやらここで入国手続きをするらしい(近くにいた団体客の添乗員さんが言っているのを聞いていた)。でもさ~、入国カード貰ってないのよね、どうするんだろ?周りは大人数の団体客ばかりなので、当然みんな(旅行会社が)記入したのを持っている。ま、なにか言われたら「機内で配られなかったので落ち度はない」って言えばいいのだし。。

しかし、入国手続きをするのも、完全に中国人一般客からは隔離されているような状況。テープを貼った通路の先に集められて、人数も確認して、それから係が一同引き連れての移動。やっぱり、社会主義の国なんだなぁと思ったりも。。

入国手続きのカウンターのところに行くと、入国カードと税関申告書が山のように置かれていた。持っていない人はここで書くようだ。連れて来た係員は、搭乗ゲートの番号だけを叫んでいた。母と2人カードに記入して、手続きを済ませる。当然のことだけどすんなり~。私は中国本土は3回目だけど、過去は団体ビザで入っていたので、そのせいか?入国のハンコは貰ったことが無かった。今回、初めてのハンコだったので「へぇ~~!ちょっと感動」って感じ。

それにしても、経由の場合、過去の記憶を辿ると(バンコクだったけど)、飲食店もあったし、買い物も出来たんだけどなぁ。といっても買い物をする気は無いけど、眺める分には楽しいし。搭乗ゲートのところも椅子があるだけで、何もなしあるのはトイレと飲み物の自販機だけ。殺風景極まりない。進んできたとはいえ、商業主義が発達していない国らしい。どのくらい待つのかはっきり判らないけど、とりあえずトイレに行くことに。。用を済ませ、化粧でも直すかぁと思ったら母が駆け込んできて、「急にゲートが開いたので急いでバスに乗り込むのよ!」とのこと。周りのオバサン達も慌ててゲートへ。

搭乗ゲートでは、入国手続きの前に配られた再搭乗を表すチケット(右写真:これは成田からの半券を見せて貰った)のを見せて通った。そして再びバスに乗り込み、来たときと同じ道筋を通って、またもや同じ飛行機に乗り込む。その時点で、北京からの乗客が既に乗り込んでいた。後ろから押されないように母を私が庇えるように先に行かせたのだけど、席に行くと中国人が座っていた。「え~!またかよ~!空いているから自分の好きなところに座る中国人が出た~!」その人に英語が通じるのか判らなかったけど、チケットを見せながら話しかけようとしたその瞬間、成田から一緒に来ていたキャビン・アテンダントが素早く気が付き、そのお客を追い出してくれた。彼女にはお礼を言ったけど、ともかく助かった。こう言っては悪いのだけど、中国人と台湾人と韓国人は物凄く自分主義でマナーが最悪なのである。だから中国おいては、日本では(いや、欧米でも)考えられないことがまかり通るので、負けずに物凄く図々しい行動を取らねば、馬鹿を見るばかりなのである(中国においてだけではなく、目の前に中国人がいたら、図々しく割り込み返すくらいしないとダメ!)。それでもオリンピックが間近に迫っている中国では、国際社会に通用するマナーを国民に教育すべく動き出したそうだけど、多分浸透はしないと思うけどなぁ。っていうか一般庶民よりも、そこそこの裕福な層の人間達を教育して欲しいのだ。外国に行ったり、飛行機に乗ったりするのは、ごく一部の限られた層の人間なのだから(それだけ貧富の差が激しいということです)。

そして成都へ
定刻よりも1時間近く遅れて成都へ向けて離陸。北京の空港は離着陸が多過ぎてパンク状態だそうだ。そんな状況を調べて知っているので、仕方ないこととは思いつつ、帰りの便の遅延の可能性が気になって仕方なかった。それにしても北京空港は広い。飛行機が動き出しても滑走路をひたすら走り続けていた。国土が広いから、それに合わせて広いんだろうな。アジアのハブ空港も目指しているようだし。なんせアジアの中心でありたいと常々中国は思っているんだし。それに引換え、成田なんてチッポケだもんな。パリのシャルル・ドゴールやフランクフルトなども広くて凄いけど・・・なんかなぁ~(恥ずかし)。

北京から成都までの機内食。まぁまぁ安定飛行に入ると間もなく飲み物サービス。続いて機内食も。2時間半程度のフライトだから忙しいこと。今回は食事の選択権はなし。出されたものを食べるだけなのである。多分1種類しか積んでいないんだろうと思う。それにさ、食に関しては五月蝿い中国人だもの、選ばせたら大変だろうし。希望したものが食べられなかったら大騒ぎになるだろうから、「ハイ!これを食べるのよ!」ってくらいで丁度イイのかもしれない。味は・・・成田からの方が美味しかった。それでも2002年に乗った中国国内線(会社は違うので比較にはならないだろうけど)から考えると格段の上昇!

またもやすぐに片付けに来たので、とっとと食べてトレーを渡す。前にも書いたとおり急かされるわけじゃないけどね、なんとなく(笑)。それと、機体は小刻みに揺れているので、飛散りそうなものは無い方がいいし(^^;食べ終われば寝る私はまたもや眠りの世界へ・・・。

再びアナウンスで起きる。窓からはどんよりした空しか見えない。まぁ、雨が降ってなければいいんだし・・・曇っていれば幾らかは暑さが違うだろうしって思っていた(しかしそれは間違っていたことを後で教わる)。またもや、荒い着陸。ま~、こんなもんなのねぇと諦める。

荷物これだけですかぁ~?
到着。またもや押すな押すなの状態に・・・。こちらも負けずに列に割り込み機内から降りた。人間は降りたらすぐに荷物を待っているしかないのだけど、荷物は簡単には出てこない。。暫くターンテーブルのところで待っていたけど、その時間帯は到着便が少なかったせいか、思ったよりも早く出てきた。トイレも荷物待ちの間に済ませたけれど、まだ空港だしってことで、ドアもあるし、キレイなトイレだった。2人で1個のキャリーケースだけなので、出てきたらすぐに外へ向かえた。

出ると、現地ガイドが名前を書いた紙を持って立っているはず。。すぐに発見。漢字の国だから漢字で書いてあるだろうとの予想を裏切り、ローマ字表示(^^;ガイドに判るように札を指差してから手を振るとすぐに判ってくれたようだった。見ると、坊ちゃんみたいな若いガイドだった。第1印象は「ボク~!」って感じ(母は「オカマちゃん?」って思ったらしい)これから彼に3日間お世話になるのかぁ。

彼は私達の名前の確認をしてから車へと案内してくれた。名前は全理科さん。「全部の全に、勉強の理科です」って判りやすい説明。発音などはきれいな日本語を喋る。外に出ると、もわ~!っとした空気が襲ってきた。「今日は35℃ありましたね。いつも夏はこのくらいあります。」とのことだった・・・暑!!

私達2人だけなので、どんな車なのかなぁとワゴン車?とかって思っていたら、待っていたのはJEEP。へぇ、カッコいいじゃん、ってその時はそれしか思わなかったのだけど、翌日になってその車の訳がよ~~く理解できた。ドライバーさんは「王さん」と言って、日本語は殆ど判らず挨拶程度。それでも感じのいい人で、ホッとした。「じゃぁ、荷物乗せてくださいね~」と言われたので、キャリーケースとボストンバッグを乗せたら「荷物これだけですか~!間違いないですか?」って。全さん曰く「余りにも荷物が少ないのでビックリした」とのこと。「だって3日間しかないじゃない。これで十分なのよ。」と乗り込みながら話す。「もしかして今までの他の人は大荷物だったのね?」と言うと、その辺は仕事柄、うまく言葉を濁していた(笑)。どうやら、彼が今までガイドした日本人とは初っ端から違った我々親子。これからの3日間、この4人で動くので、どんな旅になるのやら?

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