9月2日その1

ホテルで
いよいよ、生パンダに会える日がやって来た。朝6時に目覚ましをセットしたので、起きて窓から外を見るとまだ暗い。毎回旅行の度に思うけど、日本では明るくなっている時間なのに、暗いと「あぁ~、外国来たんだなぁ」って感じるのである(夏のイタリアはそうではなかったですが)。旅行前の下調べで、臥龍(がりゅう 中国読み「ウーロン」)の気候についての情報が皆無だったので、どんな感じかさっぱり予想がつかない。まぁ、9月といっても殆ど8月と一緒だし、成都(せいと 中国読み「チェンドゥ」)が夏みたいな陽気なので、ノースリーブのシャツを着ることにした(前の晩のうちに準備しておきました)。移動の車の中はきっとクーラーが良く効くだろうから、とりあえずストールも持参。

30分ほどで身支度を済ませ、ホテルの食堂へ。朝食のサービスが始まったばかりなので、居るのは日本人が殆ど。彼らは早朝のうちにバスで出発するからだ。食事は温かい料理はまだ殆ど出されていなかったので、「ヨーロッパ式」の簡単な朝食かと思えたくらい(翌日はもう少し遅かったので是全然違った)。温かいものはお粥と(やっぱり中国だ)、肉まんくらい。あ、そうそう、卵も焼いてくれるんだけど、目玉焼きしか作ってくれないの(>_<)。コックさんは英語が理解出来るのか、出来ないのかは判らないけど「スクランブルエッグ欲し~」って言うのに、作り置きしている目玉焼きしか指差さないし。。仕方ないので、諦めて食べないことに…。ま、パンも美味しいし、他に食べるものあるし、いいかと。中国はお米の国でもあるけれど、ある程度西へ行くと、途中から麦の国へと変わる。風土がそれだけ(稲作に適さない)乾燥したところに変わるのだ。だから、西へ行けば行くほど、お米は出てこなくなり、麺やナン、パンなどが主食となってくる。四川省の成都は、東経はカンボジアやタイと同じくらいなので、段々と小麦が主食に切り替わる辺りかなぁ?と思ったりもしたけど、結構お米も出てきた。南のほうだからかなぁ?パンをいくつか食べて、果物を取り、コーヒーで〆。匂いがそこそこに良かったので私はコーヒーにしたのだけれど、それで正解(紅茶はイマイチだった)。

そうそう、食堂に日本人のツアーの一行が居て、彼らの話がイヤでも耳に入ってきたのだけれど、なんかな~って話を一つ。若い女性2人組が入ってくるなり、他の人達が「もう大丈夫なの?」と声をかけ始めた。あ~、具合悪かったんだぁって思ったんだけど、彼女達のうちの具合の悪かった方らしい人の受け答えが…。「暑かったから参っちゃったみたいなんですよねぇ」ま、ここまでは普通なんですよね。「帽子も被っていたのに…。部屋で水分沢山取ったら楽になりました」って。それを聞いて「具合が悪くなるのも当然ね~」って思った私。暑いからって、なんでも帽子を被ればいいものじゃないのに。帽子は日差しを遮るけれど、逆に熱を籠らせてしまう場合もあるってことを判ってないんだろうな。更に水分も取らなかった様子。トイレが心配なのは判るけど、言っちゃ悪いけど「自業自得」って感じ。暑いところほど小まめに水分補給は必要だし、風通しを良くして、熱を放射しなくては身体がへばってしまうものだもの。

朝食をしっかりと食べたので、一旦部屋に戻る。部屋では持ち物の最終チェック。母は母で、珍しく水を別の手荷物にすると用意していた。

いざ、出発!
待ち合わせの時間が迫ってきたので、ロビーへ移動。まだ全さんは来ていなかったけどすぐにロビーへ現れた。外に出ると王さんの車が待っていた。「おはよ~ございます!昨日は沢山眠りましたか?」って挨拶から始まり「今日は沢山走ります。臥龍は標高2000mくらいあります。昨日の夜、雨が沢山降ったので、土砂崩れが起きているかもしれません。」といきなりの宣告。え~!そんなに降ったの?それに土砂崩れっていったいどんなところ走るのぉ?出発前に色んなサイトを見ていて、唯一臥龍までの道路の画像があったサイトを見つけたけれど、山に囲まれた道路を走るのだけは判っていたけど…。一体、どんなところなんだろうか?

成都の街中は朝早いにも関わらず沢山の人が動き回っていた。まぁ、人口そのものが多いんだから当然と言えば当然かもね。それにしても、ホントにゴミが見当たらずキレイな街だこと。全さんにそのことを言うと「毎朝、掃除の時間というのがあって、主に高齢者がその仕事をアルバイトでしている」とのこと。道路で誘導している人たちも国家の職員ではなくて、委託された人たちで年配者が多いんだそうだ。まぁ、家で遊んでいても仕方ないし、お小遣い、または生活費の糧にしている人も居るんだろうな。

15分ほど走ったところで、母がリュックの中をゴソゴソ。王さんと全さんにガムを渡そうとして探していたようだったのだけれど、突然「水を入れたバッグ忘れたわ~!あの中に一緒に入れたかも」と言い出す。冷たいようだけど、親子といえども自分の荷物は自分で管理するので、いちいち「忘れ物ない?全部持った?」とは帰国のとき以外は言わない私。だから忘れ物をしたなんて私も気がつかなかったのだ。でも、別に大切なものを忘れたわけでもないし、戻る必要も無いので、そのまま向かう。母の様子から、忘れ物をしたと気がついた王さんが全さんと何か言葉を交わしていた。多分何を忘れたか確認していたみたいだ。すると全さんが『「水なら行く途中で買えるので安心してください」って王さんが言ってます』と言ってくれた。

成都市内の道路から、30分ほどで高速道路へ入った。ともかく国土が広いので、道路もくねくねと曲がることなく、ほぼ直線で走っていくと自然と高速道路に入ってしまう感じ(笑)。高速道路に入るとあんなに沢山走っていた車が、殆ど見当たらなくなってしまう。まるで私達の専用道路?と思えるくらいに(笑)。車線も広いし、こりゃ~道路を軍事用の滑走路にも使えるぞって思える。道路の両側には田んぼや畑が広がり、民家も沢山見える。どれも貧困にあえいでいるようには見えない。やはり成都の市民は豊かに暮らしている人が多いのかもしれない。

全さんは、昨晩は夜中の12時過ぎまで家族で麻雀をしていたとのことで、道中はかなりコックリコックリと居眠りをしていた(笑)。若いと言うよりも、子供って感じ(笑)。一人っ子政策が取られているので、勿論一人っ子。大事に育てられたって感じがよく判る。大学は重慶の国立大学で日本語を学んだと言っていて、寮生活をしていたとか。寮でも殆ど週末は麻雀をして徹夜だったとか。ホントに中国の人の麻雀にかける情熱は理解しがたいほどだこと(笑)。

居眠りをしている割には、主要なポイントは目が覚めていて「あのモニュメントは○○市を表すものです」とか、「この近辺でラー油が作られて世界に広まっていったんです」とかって説明はきちんとしていた。さすがガイドだけある(?)。外の天気は曇りで、ちょっと離れると霧が出ていて遠くまでははっきり見えない。途中でポツポツと雨が降り出したりもしたけれど、それはほんの僅かの場所だけだったようで、その先に行くとまた止んでいた。ともかく、道中で雨が降っていようとも、臥龍で降ってさえいなければいいのだから、それを願うしかない。でも、臥龍は山の中なので、天気はまったく読めない

臥龍への道 その1
高速道路を3040分走り、臥龍・九塞溝方面へ向かう。景色を眺めているうちに少しずつ田舎道を走るようになり、そのうち山道を走るようになった。それでも民家は途切れ途切れではあるけれど、建っていて人影が見えた。道路は例えると箱根の山越えのような感じ。少しずつ少しずつ山を登り、そして峠越えをしていくのだ。走っている車は石や砂利を沢山積んで、ゆっくりしか走れないトラックが沢山。その間に普通車が走っている状態。少しでも坂が急になるとトラックはスピードが落ちてくる。対向車が一瞬途切れるタイミングを見計らって、どの車も反対車線を走り追い抜いていく。街中でもそうだったけれど、追い抜く際はクラクションの音とはまたちょっと軽めの音を鳴らし「後ろから追い抜き中」という警告を発している。そのため、対向車が突然現れた場合も、スンナリと前に入れていた。

普通車の場合、クラクションは大体ハンドルの真ん中部分を押して音を鳴らすようになっていると思うのだけれど、王さんを斜め後ろから見ている限り、右手はギアに殆ど置きっ放し。でも、その辺を微妙に動かすと音がしているような気がした。後で聞こうと思っていたのだけれど、結局聞き忘れてしまったので、追い越しクラクションの謎は判らぬままなのである。

墨絵のような世界標高が上がるにつれ、周りの山は霧に包まれていた。そして、山のあちこちから水が滝になって流れ出していて、前夜の雨が激しかったことを窺わせていた。対向車も石や砂利を積んだ工事用のトラックだけではなく、インゲン豆やとうもろこしをギュウギュウに詰め込んだ車も多く走ってくる。こんな山の先からそのようなものが収穫出来るものらしい。イヤ、それとも、そのようなものしか収穫出来ないのかもしれない。

民家も殆ど無いのに、たまに道路を歩いている人を見つける。いったい彼らはどこからどのくらいの時間をかけて歩いてきたのだろうか?長距離を歩くのも、慣れてしまっているので、そんなに苦にもならないのだろうか?中国は車は左ハンドルで右通行なので、峠越えの道は私の座っている助手席側が崖になっていた。勿論このあたりはガードレールがある。そのガードレールの外に幾つもの箱が置かれているのに気がついた。車はかなりのスピードで走っているけれど、注意してみていたら養蜂箱だった。何人か箱をいじっている人も見かけたので、多分歩いていた人はこの養蜂箱に行く人だったのかもしれない。それにしても、この山の中のどこに花が咲いているのだろう?少なくても道路の周りには花畑などはありはしなかった。

道路の脇や、山の中腹の所々に集落があって、民家がまとまって見えた。山の中でも、民家の周りはキレイに畑が作ってあって、とうもろこしやらその他のものが作られていた。とうもろこしは、臥龍へ行く途中の険しい山の中腹でもあちこちで栽培がされていた。人間って、食べるためにはなんて貪欲になれるんだろうと改めて感心したりもした(笑)。

雨で増水した川いつの間にか右の崖下は大きな川が流れていた。対岸の山は霧に包まれているので、墨絵の世界のような感じだった。それにしても、いったい幾つの山を越えてきたのだろう?成都市内のホテルから2時間程度しか走ってないというのに。川の上流にはダムが作られていて、水が満々と溜まっていた。ダムも中央部分は水が青く見えたけれど、岸に近い部分は雨水が流れ込んで茶色くなっていた。そしてダムはまだまだ建設中で、完成まではもう暫くかかるだろうとのことだった。そのダムの入り口の部分は橋になっていて、山を突き抜けて行く道路になっていた。全さん曰く「九塞溝方面への道路」だそうで、それが出来れば今は10時間くらいかかる時間も6時間程度まで短縮されるだろうとのことだった。最近の日本発のツアーでは九塞溝へは、成都から新しく出来た九塞溝近くの空港まで飛行機での移動が増えてきた。でも、さすがにそれは外国人の利用が殆どのようで一般中国人は車で、長時間の移動をするんだそうだ。それを証拠づけるバスも見かけた。どうやら広州からの学生達の乗ったバスらしい。広州からだと多分2日はかかっているだろうと全さんの話。話を聞いただけで疲れてしまうような感じだこと。

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