9月2日その2

中国のトイレ事情
ニーハオ・トイレ?峠を越えて、向かいの山にも道路が見えてきた。どうやら車も走っているので、この車もあの道を走るのかしら?と思って見ていたのだけれど、やはり思っていた通りになった。なんともなぁ〜、凄い道中だこと。途中いろは坂みたいにクネクネしたところもあったけれど、あとはひたすら山道。それでも工事現場や人のいるところには、当然公衆トイレがある。外見からして、どう大目に見ても汚い状態が判るものも沢山あった。その殆どが扉の無い、いわゆる「ニーハオ・トイレ」(=ドアが無いので隣で別の人が用を足すため、自然と“ニーハオ”って挨拶してしまうだろうってことから一部でそう呼ばれている)だろうってことは窺い知れる。そして殆どは、ポットン式だと思っていたのだけれど、最近は水洗式に変わってきているらしい。「加水」って書いてあるのは多分水洗って意味だと思う(あとでそれが正解だと判りました)。

中国へ旅行するには何を一番覚悟していなくてはならないかというと、トイレのこと。不清潔で…そして何よりもドアが無いからプライバシーもあったものじゃない!最近は北京などの大都市においては、オリンピックに向けて清潔な近代的な公衆トイレが作られてきているそうだけれど、まだまだ辺境の地である四川省の、それも不便な山中だもの、近代的なものはありえないこと。2002年にシルクロードの旅をした時も、敦煌の博物館でさえ建物の外にトイレがあって、ドアの無いものだったし。トイレ休憩がてら入ったお土産屋では、トイレの入り口にさえドアが無く、一枚の布がペロって架かっていた程度だった。まぁ、それらは、一応は一人一人個別になっていて、腰の辺りまでの高さの壁が出来ていた。昔のものは、それもなく、みんなで前後に並んで用を足すものだったそうなので、それよりは遥かに進んだのだろうな。少なくても座っている間は外からは見えないのだから。それでも、敦煌の駅(=柳園駅)の特別貴賓室のトイレは、個室の水洗であるだけでなく、手をかざして流すセンサー式の最新のものだったのには驚いた。

辺境の土地まで水洗化が進んだということは、2003年のSARSの発生と流行は中国の衛生状況の改善には幾らか役に立ったのかもしれない。


出発して2時間半経って、トイレ休憩。道中では一番キレイにしているところ、とのこと。一応外国人だからってことでかなり気を使って場所を選んでいるらしい。

トイレに行くのにカメラを持っていくのは不自然なので、車内にカメラは置きっぱなし。その代わりに携帯がバッグの中に入っているので、携帯のカメラでトイレを写すことにした

車から降りると、店があって、離れにトイレ。外ではそこの奥さんが、ホースから水を思い切り出して洗い物をしている。その水に向かってポメラニアンの子犬がはしゃいでいた。水をそれだけ出しっ放しにしているということは、トイレもきれいになっているだろうなと思ったら、やはりそのように清潔だった。
思ったよりキレイだったトイレ外観は白いタイル張りで、日本の公園とかにあるトイレと同じ感じ。入ると・・・やっぱりドアが無い。それでも、腰の高さまでは個別に壁がある。(ここからは、ちょっとリアルなことを書くけれども、人間だし、トイレはどうしても必要なものであり、情報なのであえて書くことにします。読んで、その国毎の事情を把握して、覚悟が出来ない人は行くべきじゃないです。)一本の溝があるので、そこに用を足すのだけれど、常に水が少しずつ流れているので臭いはない。流す必要があるときは、一番端の個室のところで何か引っ張るなりして流す仕組みになっているらしい。それから、先進国以外のトイレでは使用した紙は決して流してはダメで(紙の質が悪いので詰まるのか、それとも浄化設備が遅れているのかは不明)備え付けのカゴ等に捨てるのが普通なのであるけれど、掃除を常にしているようで、少しも溜まっていなかった。


バッグなどを置く場所は無いので、母と交互にバッグを持って済ませた。スッキリしたので(?)写真を1枚。手洗いの流しも水が勢いよく出てきたのでマル。

車に戻ると、座席にミネラルウォーターが1本ずつ置いてあった。王さんが私達にって買ってくれたものだと言う。昨日のアイスのことが嬉しかったらしい。せっかくの気持ちなので、ありがたく戴くことに。

臥龍への道 その2
車が再び走り出して、暫くすると道路が左右に二手に分かれた。右へ行くと九塞溝、左が臥龍方面なんだそうだ。全さんが「もう少し行くと、道路が舗装されていないところを10キロちょっと走りますので、しっかりと座っていてください」と警告してきた。いよいよかぁ。日本では舗装されていないところと言っても、そんなに長い距離はそうあるものではないし、一応車が通るのでそれなりに均してある。

中国も一応は道路なんだし、少しは均(なら)してあるのだと思っていたら・・・甘かった。ガタガタガタガタと物凄い揺れ。話をしようものならば舌を噛んでしまうくらい(^^;。山と山の間を川が流れ、片側の山の中腹を削って道路を作ったようなところを走るのである。街灯なんてあるわけも無い。なんせガードレールさえも無いのだから。一部は50cmくらいの高さのコンクリートの石が1m置きくらいに置かれていたけれど、殆どは金属の棒が道の端っこに差してあり、その棒と棒の間をビニールの三角上の旗のようなものが付いたロープが張ってあるだけだった。恐ろしいのは、道路が雨や工事の過程で(?)陥没してしまっている部分にも同じように金属の棒が差してあって旗の付いたロープがあるだけ。見ていても「え?これだけなの?下手したら落ちちゃうじゃない!」って思えるくらい。ホンの気休め程度のものなのだから。街灯もない道路だから、いくらヘッドランプで照らすとはいえ、夜暗くなってから走るのはかなり怖いことだと思う。それに、夜になれば工事現場からも人々は引き上げるだろうから、万が一事故にあって崖下に転落しても、翌朝明るくなるまでは発見されないと思う。その状態では、生きる人も死んでしまうぞって感じ(^^;

ガタガタな上に、前の晩の水が溜まっていて、道路は最悪な状態。山側からもむき出しの岩が迫り、あちこちから雨水が滝のように噴出している。日本のように落石防護ネットなんてものは無い。乗っていても、もしここで土砂崩れが起きたら・・・な〜んて余計なことも考えてしまうくらいの状況だった。余りにもガタガタと揺れが激しいので、シートベルトをしていた。そうでないと身体があちこちぶつかってしまうからだ。

ガタガタ道を15分くらい走っただろうか?突然前方に車が2台止まっているのが見えた。道路が陥没していて1車線になっているために対面通行が出来ないからではなく、止まっているのである。王さんと全さんは言葉を交わしている。その後私達の居る後部座席に向かって「前方で土砂崩れが起きています今、岩と土砂を退かしているので、それが終わったら通れます」と言った。えっ!前方で土砂崩れ〜?!今、退かしているぅ〜? 身を乗り出して、フロントガラスから覗き込んで見ると、確かにショベルカーが動いているのが見える。作業をしている人たちも土砂の上にいるのも見える。王さんは一旦車から降りて前方の状況を見ていたけれど、すぐに戻り、静かにエンジンを切った。「通れるようになるまで、待ちましょう」と全さん。後ろを振り返ると、次から次へと車がやってきて既に渋滞が出来ていた。

待っている間、車の窓を開けて数枚の写真を写した。後ろのほうに停まっていたマイクロバスの中国人観光客一行はバスから降りて、道路から下の川を覗き込んでいる人が殆どだった。私は山側に停まっていた為、出るのはちょっと出にくい状況でもあったし、突然出発出来るようになった場合のことを考えて、外には出ずに車の中でじっとしていた。

まさか土砂崩れだなんて! どのくらい待つのかしら? すごい山の中なんです
ショベルカーで岩を退かしています 前から3台目 周りの景色(殆ど崖)

3040分くらい経ったであろうか?エンジンの音で目が覚めた。特に何もすることがないので、ウツラウツラしていたのだった。現場はとりあえず車が1台通れるようにはなっていたけれど、まだまだ土砂を退かしていた。それにしても先頭の車はどのくらい待ったのだろうか?一体誰が土砂崩れを発見して通報したのだろうか?そんなことも一瞬、頭を過ぎったけれどガタガタ道と周りの景色の素晴しさにすぐに忘れてしまった。

あちこちに道路が陥没している部分があったので、対向車とすれ違うのは至難の業の場所もあった。特に家畜や野菜を積んだトラックが多いので、そんなときは山の斜面ギリギリ、相手とも擦れる寸前という恐ろしさ。王さんのドライバーとしてのテクニックには脱帽するばかりだった。

景色はというと、前夜の雨で川はかなり増水していて、茶色の濁流が流れているところもあったけれど、次第に上流へ行くにつれて、穏やかに流れ始め、一部では九塞溝の五彩池のように、エメラルドグリーンに水を湛えているところもあった。それを見て、あぁ、この辺もあの辺りと同じような部分もあるんだなぁと思ったりも。そして、更に、この時期に見ることが出来るなんて信じられないような現象にも遭遇した。なんと、川霧が発生していたのである。川面から立ち上る霧が水面を覆い、あたかも水の代わりに霧が流れているような感じで、霧の上に見える山の樹木の濃い緑とのコントラストはなんとも幻想的な風景だった。

ちょっと調べてみたら、川霧とは、主に日本では冬の間に北海道などで見られる現象で、気温が下がると川の水温が高いために水が蒸発し、それが凝結して霧になるものだそうだけれど、この場合は前日に雨が降りそもそも湿度が高いため、水蒸気が凝結して発生したのかもしれない。まぁ、そのいずれにせよ、1キロほどの間、幻想的な景色を楽しむことが出来たのは、なんとも幸先の良いことのように思えた。

残念ながら、川側には母が座っていたうえ、対向車のかなり来ていたので、窓を開けて写して貰える状況ではなかったため、写真はないのである。

工事中ですあちこちで行われている工事は道幅を広げ、より安全な道路を確保するものらしい。なんせあの道は、臥龍の人々が生活物資を運んだりするための道でもあるのだから。成都から臥龍へ抜ける高速道路が出来るという話もネットなどでチラリと見たので、全さんにそれを言うと「今のところは無いと思う」とのこと。もっとも高速道路が臥龍まで繋がったら、車や人がどんどん入り込み、パンダの生息地は荒れ、絶滅してしまう可能性のほうが高いと思う。ただ、20067月に臥龍地区が世界遺産に登録されたので、まずあり得ないことだと思いたい。

そうそう、この道中の工事現場には色んな注意書きがあったっけ。「小心=注意」はどこにでもあるものだけど、「前方爆破 小心○○(○○部分はあまりの衝撃に忘れてしまったので、あしからず)」ってあったのには、ビックリどころか、ぶっ飛ぶって感じ 前方爆破〜?ただでさえも崩れている道路なのに、これ以上どこを崩すんじゃ〜?って感じ。野生動物には影響ないのかしら?って思ったけど、無いってことなあり得ない!でも、事前調査なんて、きめの細かいことをする国民性じゃないからなぁ・・・。パンダよ、逞しく育ってくれ〜!

それにしても、このガタガタ道なのに全さんはウツラウツラとしていて舟を漕いでいる(笑)。たまに身体が大きく揺れて王さんの方へ乗り出すくらい。まだ運転の邪魔にはならなかったので良かったけれど、邪魔になるようだったら、王さんも全さんのことを叩き起こしたと思う(^^)

ガタガタ道も抜けると、道路も川から離れ、周りに民家や建物がチラホラと増えてきた。やっと人間の生活の匂いを肌で感じられるような場所に辿り着いたのである。そして「熱烈歓迎 中国四川省大熊猫生息地」というような赤い布の垂れ幕もあった。多分数年前の国家のお偉方の為のものだとは思うけれど(その証拠にパンダ博物館の入り口の文字は、数年前の朱鎔基首相の文字だった)。

突然目の前がパッと開けたところに出た。すると全さん「パンダ博物館へ行きます」とのこと。ん?パンダ博物館?ってことはまだパンダ基地じゃないのね?少しがっかり。でも、「パンダ基地へ行く前にパンダのこと少し勉強しましょう」とのことで、納得(^^)

なにはともあれ、臥龍へ着いたのだ!いよいよ、これからパンダに会えるのだ!

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