9月3日その2

小熊猫
次はレッサーパンダを見に行くことに。一応、レッサーパンダも「小熊猫」と言うそうで、このパンダセンターでも飼育されていた。日本でもちょっと前にブームになったりしていたけれど、私としては、あんまり〜って感じ(^^;。母もここは、イマイチらしく「トイレに行く」と言って全さんと先へ行ってしまった。私は、一応実物を見て数枚くらいは写真を撮らねばって思ったので、見に行くと、やはり見ている人も疎らだった。
レッサーパンダは、ジャイアントパンダとは大違いで、どちらかと言うと、タヌキとキツネの中間って感じに見える。動きはかなり素早い。まぁ、好きな人は可愛いんだろうけどねぇ。

レッサーパンダ数枚だけ写真を写して、母達の後を追いかけると全さんが私を迎えに来てくれた。彼は母がトイレに行ったので、前の晩の火鍋料理でお腹を壊したのかと心配していたようだった。そこで彼の無用な心配を取り除くために、母は見た目は普通だけれど、15年ほど前にガンの手術をしてその後遺症の為に腸が正常に機能しなくなったので、数日毎に下剤を用いなくてはならないこと、足も常に浮腫みやすくて大変なことなどをサラッと話すと、とても驚いていた。なんせね〜、見た目はとっても元気なオバサンだもんね〜(笑)。でも、かなり無理をしている時が多いことも私は知っている。だから、なるべく旅行のときは私が一緒ならば気をつけてあげるようにしてあげないと。

それはさておき、母が出てきた時、トイレの話になっていたのだけれど、全さんが「ボク、昨日の火鍋のせいでお腹壊しました」って(^^;。で、私達に「お腹、大丈夫ですか?」と聞いてきた。う〜ん、同じものを同じように食べたけどねぇ〜、なんでもなかったわ、私。決してお腹が丈夫とは言えない私なのだけれど、辛いものを食べすぎたからといって具合が悪くなるってことは過去にも無かった。

一通り中を見たので、そろそろ車に戻ることに。笹に囲まれた遊歩道を歩いていると雨がポツポツと降ってきた。持っていた折り畳み傘を広げたら、どこに持っていたんですか?と驚く全さん。旅行用にとペッタンコに降り畳まる傘でかなり小さいので、カメラを入れているバッグにスッポリと入っていたので、まさか傘を持っているとは思わなかったらしい。母が広げる前の折畳んだ状態の傘を見せたら「これは便利ですね〜」としきりに感心していた。

外に出て、写真を撮りながら、王さんが車でやってくるのを待っていた。見ているとバスが続々と到着して、次から次へと観光客が中へ入っていった。やっぱり外れとは言え、市内なのでお手ごろにパンダが見れるということなので人気なんだろう。

空港へ
車に乗ってすぐに全さんから「空港に行く前にお土産屋に寄らせてください。会社の決まりなのでごめんなさい」と物凄く恐縮した態度で謝られた。イヤ〜、そんなのは判りきったことだから、全然なんとも思わないからいいのよ、と答えた。逆に2名だけなのでお土産屋に寄っても、大した買い物は出来ないし、するつもりもないのだし。今回ほどお土産屋に引っ張りまわされることなく、のん気に観光できたのはツアーとしては珍しいことだった。これもひとえに、同じくのほほんとした性格の全さんだからだと思う。

お土産屋もかなりきちんとしたところで、かつての中国にあった、いわゆる外国人向けの『友誼商店』という感じだった。中国の代表的なお土産が何から何まで揃っている感じで…。シルクや翡翠、陶芸品、掛け軸など所狭しと掛かっていた。全さんは、お店からどこの旅行会社かチェックが入るようで、なんやらカードらしきものを見せていた。その後私達親子のところに来て、ボソッと小声で「欲しくなければ買わなくてもいいんです。買い物終わったら教えてください。」と言ってくれた。まぁ、そんなことは言われなくても、当初から高いものなど買うつもりは無かった。持ち運びが楽で、そこそこのものを幾つか買ってそれで済ませた。

お土産屋を出て30分ほどで空港に到着。途中の道路も混雑していなくてスムーズだったので、思ったより早く着いてしまった。王さんとはここでお別れ。全さんはチェックインが済むまでは仕事は終わりではないので、チェックイン時間までお喋りしていた。成都の空港も他の国の空港とは違って、どちらかと言うとガランとしていた。お土産や、様々なサービスのカウンターも殆ど見当たらず。飲食店もあったかもしれないけれど、そんなに目立つようではなかった。私も母もチェックインが終わって中へ入ったら、何か買って食べればいいと思っていたので、あまり周りを見渡さなかったので気がつかなかったのかもしれない。

どうして日本人は…?
たった3日間だけれど、一緒に行動して気心が知れたのか、全さんは色々と話してくれた。自分は今、ガイドとして働いているけれど、将来的にはもう一度大学へ通って先生になりたいのだが、両親、特に母親がそれを許してくれそうもないので難しいかなぁとも思うと母にこぼしていた。母は全さんが一人っ子なので、ご両親も色々と心配しているから、少しでも収入の良いガイドの仕事を続けていくことを希望するかもしれないけれど、自分の意思が固いのならば、キチンと話をして両親を納得させ、それから希望の道を歩きなさいと答えていた。それには、学費の面でご両親に負担を掛けさせないように、キチンと計画性を持って貯金をして、ある程度溜まってからその話をするようにしたらどうかとアドバイスもしたり。それには全さんも気がつかなかったらしく、大きく頷いて、もっと具体的に計画するようにしますと答えていた。

ベンチに座って暫くお喋りしているうちにチェックイン・カウンターの入り口のところに団体客が並び始めた。どうやら格好から推測すると日本人らしい。すると、全さん「どうして日本人は、皆さん帽子被って旅行するのですか?」と聞いてきた。それを聞いて母と2人で顔を見合わせて大笑いしてしまった。格好で日本人だと遠くからでもすぐに判ると言う(笑)。そして更に母が「荷物も沢山持ってくるのも日本人よね」と追加して言うと彼も大笑い。「帽子ねぇ、どうなのかしらねぇ?」と私達親子の返事。なんせ私達は帽子を被って旅行なんてしないものだし。「普段、被らないから判らないわ。今回だって私達は帽子ではなくてサングラスだったでしょ?あれで日差しを遮るなら十分だもの。」と答えになっていない答え(苦笑)。まぁ、一部ガイドブックなどに書いてあるのをそのまま鵜呑みにしている場合が多いのも事実だし。荷物も普通の日本人は大きなスーツケースで来るのに、私達の荷物の少なさを見て、彼はホントに驚いたらしい。「本当に必要なものだけしか持ってきていないからよ。3日間だけなのにアレもコレも必要ないもの」と答えたら、こちらの方には納得したらしい(笑)

成都を離れる
段々並ぶ人が増えてきたので、私達も並ぶことに。すると、とうとう係員も時間前だけれど、中へ入れ始めた。中へ入って自分達でチェックインするのが判ったので、全さんに「少しでも母の足が楽な場所に座りたいから、なんかメモに書いてちょうだいな。それが最後のお願い」と頼んでみた。すると全さんは、一つ返事で快く引き受けてくれて、何やら中国語で書いてくれた。「これを渡せば大丈夫だと思います」短い間だったけれど、楽しく旅をすることが出来た。別れ際に何度も何度もお互いに握手をして別れた。

チェックインする際に、彼の書いてくれたメモを渡し、滞りなく手続きも済んだ。入り口のところを振り返ると、他のガイドと全さんは話していた。大声で呼びかけ無事に済んだことをジェスチャーで知らせ、最後に手を振って私達はゲートの方へ向かった。

ゲートの方へ向かおうとしたら、いきなり係員に中国語で注意された。「え?なんで行っちゃいけないの?」と不思議に思っていたら、日本語と英語の書いてある看板を示された。どうやら、ある程度外国人を纏めてでないと通させないらしい。他の国のように、搭乗者の好きな時間に出入りさせないなんて、やっぱり社会主義の国なんだなぁとこんなところで実感した。更に、空港は中に入ると何にも無い。飲み物の自動販売機があるだけで、食べ物などは売っていない。ありゃりゃ、当てが外れた。仕方ない、機内食が出るまでの辛抱だ。他のツアーの人達は、昼食のお弁当つきだったらしく、手続きが始まるまで時間がありそうなので、包みを開いて食べ始めていた。う〜ん、旅行会社によってその辺は違うから仕方ないか。でも、もし、次回成都を訪れることがあるかもしれない場合は、何かお菓子でもいいからちょっと食べるものを用意しておこうと思った。

搭乗時間になったら、今度は飛行機までバスで移動。ってことはタラップを上がるのね?色々と面倒なことだわ。機内へ入ってやっと落ち着いたかなぁって感じ。3人掛けのシートだったけれど、もう一人が来るのか、凄く気になったけど、全さんのメモが効いたらしく、最後まで誰も来なかった。お陰で母は安定飛行に入ってから、肘掛を上げて、足を座席に伸ばして座っていることが出来た。これで足の浮腫みもかなり違うのだ。

機内食が出て、やっと遅めの昼食にありつく。やれやれ、人心地ついた感じ。経由便で東京まで行くという搭乗者向けにまたシールが配られた。手順は来るときのまるっきり逆のことをしていけばいいのだろう。その後は…いつの間にか寝てしまっていた。間もなく北京に到着というところで目が覚めた。北京の空港での出国手続きをする前に、私達親子は出国カードを持っていなかった。まぁ、あとでカードがどこにあるのか?機内で配られなかった旨を伝えればいいだろうと思って空港に降り立つと、またもや集団でバスに乗せられ、建物の中へ。どこかに出国カードが置いてあるかもしれないと思ってキョロキョロしていたら、出国カード発見。すぐに近寄って書き始めたら、同じようにカードを持っていない人もいたらしく、私達の後にくっついて来て、書き始めていた。

書き終えて出国手続きも終わると、急かされたようにまたバスに乗り込んで飛行機へ戻った。席へ戻ると、成都からは空席だった場所に別のお客が座っていた。残念、もうゆったりとは座れないのね。まぁ、半分だけでも楽をさせられたから良かったけど。間もなく成田へ向けて離陸。それにしても、定刻よりもかなり遅れていた。帰りのスカイライナーの最終に間に合うかどうかが心配だったけれど、どうすることもできないので、ドンと構えていることに。機内ではパーソナルTVもないので、何もすることが無く、食事が済めば、ひたすら寝るだけ。まぁ、寝溜めすると思えばいいかな。

眠っているうちに成田へ到着。う〜ん、時間としては微妙な感じ。荷物さえ出てくれば何とかなるかも?入国手続きも思ったより早く済み、荷物もすぐに出てきた。さぁ、じゃぁ、あとは一か八かに賭けるしかない!!去年のイタリアの帰りもそうだったけど、今回もまた空港内を走る、走る。私が先にスカイライナーの窓口へ走りチケットを購入。母も転びそうになりつつもなんとか頑張って走り続けたので、ギリギリ最終のスカイライナーに乗ることが出来た。ふ〜、やれやれ。お疲れ様。


終章
パンダの故郷を訪ねて、子パンダ達と戯れる…そんな夢のような瞬間を過ごしてきました。母も写真を見ると少女のようにはしゃいだ顔をしています(笑)。無邪気な子パンダ達。彼らの前に行くと、余計な感情は全て吹っ飛んでしまって、ただ、ただ可愛い!という感情だけしか無かったです。写真を撮るのが好きな私は、ファインダーを覗いてシャッター押しっぱなし。何をしても全てのしぐさがいい被写体になるのです。

毎回旅するごとに、色んな夢を一つずつ叶えてきますが、今回の旅は遺跡を訪ねるわけでもなく、芸術三昧でもなく、イベントに参加でもなく…初めてのものでした。生きていることがこんなにも素晴しく、愛おしいものであることを改めて実感して参りました。

生きているからこそ、貴重なものであり、大切に保護していけるものならば、ささやかながらでも協力していけるのならばしていきたいと思いました。帰国後、臥龍の彼らの元へ売上金の一部が送られるカレンダーを買ったり、本を買ったりしました。眺めて、手元に置き、自分の楽しみでもあるのですが、それが一部でも彼らのために使われるのならばこんなにいい事はないのではないかと思ったりもしています(でも自己満足かなぁ?)

子パンダは見た目のイメージからフワフワと思われがちですが、かなりシッカリとした毛が生えています。想像とは違ったのでビックリしましたが、動物臭くも無いのにはもっと驚きでした。ツメも歯も鋭いので、子供だからと無防備で接してはいけない動物でもあります。それでも、あの愛くるしい表情は私達の心を惹きつけて止まないものがあります。どうか、四川の自然が守られて、パンダ達が1頭でも増え、絶滅の危機から救われる日が来ることを願わずにいられません。

最後に…本当にメチャメチャ可愛かった!!

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