双子の教会のある広場
ポポロ広場の中は車が締め出されていて、歩行者にとっては安心して歩けるところです。双子の教会の片割れ、サンタ・マリア・イン・モンテサント教会の脇を通って広場に入った私達の目に真っ先に飛び込んできたのは、広場中央のオベリスクでした。周りには沢山の人が居て、近くに寄るまでその下には噴水があるのが判らなかったくらいでした。それにしても、ローマ帝国は一体エジプトからオベリスクをいくつ持ってきちゃったのかしら?あっちにもこっちにもありますからねぇ。やはり当時の力関係がモノを言っていたんでしょうね。それにしても、オベリスクってなんて青い空に映えるんでしょうね。10年以上前にエジプトで見たときもそう思ったのですが、ここでその時の記憶が蘇ったほどでした。それにしても…オベリスクのてっぺんに十字架。ま、かつてはこのオベリスクは巡礼者用の道標でしたから、仕方ないんでしょうけどね。

ポポロ広場 オベリスク 双子の教会


写真を撮りながら広場中央のオベリスクの方へ歩いて行き、クルリと振り返ってみたら…双子の教会、サンタ・マリア・イン・モンテサント教会(左)とサンタ・マリア・デイ・ミラーコリ教会(右)が鎮座していました。ちょうど逆光だったので写真を撮るには不都合だけど、見た感じは、双子の教会の間の空から太陽の日が差して眩しいほどでした。一見同じように見えるこれら2つの教会。でも、敷地面積などが違うので同じ大きさのものではないのだけれど、人間の目の錯覚を利用して、上手く設計して一見双子に見えるように作ってしまったのが凄いところです。それにしても左側のサンタ・マリア・イン・モンテサント教会の方が右側のサンタ・マリア・デイ・ミラーコリ教会よりも敷地面積が広いそうだけど…正面から見る限りはあんまり判らないです。でもって、ガイドブックに拠ると屋根も左側が正円で右側が楕円ですって?あぁ、私の目は馬鹿なのか、それとも設計をしたカルロ・ライナルディの方が何枚も上手なのか、どうか?いやいや、私だけではなく、多くの人が建てられた17世紀以降同じような思いを抱いているのかもしれませんね。


前にも触れたけど、広場は車が入ってこないので、あちこちで立ち話をしている人、自転車を乗り回す子供の他に、大道芸人も居ました。全身金色の映画撮影をしているポーズの男性、オベリスクを背景にして立っているファラオ風?の人。どちらもじーっと動かずに居るのですからたいしたものです。私個人的には、彼らが来て準備をしている姿や、その場を撤退する姿なんかを見てみたいんですけどね(笑)

広場を見渡すと、双子教会をバックにして、右手側にテラスを発見。ガイドブックを出してみると、ピンチョの丘とのこと。丘からはローマ市内を一望できるそうなんだけど、あそこまで登るのはパス(苦笑)昔から「何かに登る」ってのが苦手だったんですよね。ピンチョの丘に向かい合うようにして広場の端には噴水がありました。彫刻を見ると、三つ又を持っているし、脇の男性も魚を押さえているからネプチューンっぽい感じですね。でも、彼の頭のてっぺんにはずーっと1羽の鳥がまるで彫刻に同化しているかのようにじっと止まっていたのです。写真撮るのに邪魔だなぁと思いつつ、追い払う手立ても無く…間抜けな感じの写真を撮ってきました。

ピンチョの丘 ポポロ広場の噴水の彫刻 鳥が頭の上に・・・



一旦ホテルへ戻るため、フラミニオ門を潜って広場を出たのですが、門の下からもう一度見納めにポポロ広場を眺めると双子の教会とその真ん中に鎮座するように見えるオベリスクが、とても印象的な眺めになっていました。

ここがローマでも有数の美しさを誇る広場って言うのが判るような気がしました。


広場を出て、地下鉄のマークである赤い「M」マークを探して歩いていたのですが、間もなく発見。矢印に従って歩いていけば電車に乗れるはずなんだけど…歩けども歩けども…なかなか辿り着かず。間違っているところを歩いている訳ではないのですが…ハッキリ言って「遠い」です。それも微妙なゆるやか〜な登りなんですよね。どっと疲れました。やっとのことで駅に辿り着いて乗車。乗ってしまえば4つ目で下車なので楽なんですけどねぇ。

テルミニ駅に着いた私達はかなり疲れていました。ちょっと歩きすぎちゃった感じでした。でも、夕方のボルゲーゼ美術館に向かうまで、1時間ちょっとは横になって休めるので、しばし休憩。お昼は出るものが出てない母は食欲が出ず、要らないとのこと。私も疲れたのが先なので、持ってきていたお菓子を食べておしまい。せっかくのイタリアなんですけど、初めて行く街は、知的好奇心のほうが食欲よりも勝ってしまって、あんまり空腹を感じないんですよね。

憧れのボルゲーゼ美術館
1時間ほど休んだので、身体はかなり楽になりました。ということで、本日のメインイベント、ボルゲーゼ美術館に向けて出発です。ホテル近くのバス停から、ちょうどボルゲーゼ美術館近くまで行くバスがあったので、それに乗ることにしました。お国柄と道路事情を考えてかなり余裕を持って出たのですが…待てども待てどもバスは来ず。他の路線のバスばかり来るのです。予約をしてあるとは言えチケットを買える時間も決まっているし、館内は手ぶらでの見学なので、荷物も預けなきゃならないし、色々と時間を逆算していくとそろそろタイムリミットなのでタクシーで行くしかないかなぁ?って思っていた矢先に「910」の番号のバスがやってきました。良かった〜!乗っちゃえばもう安心です。ヴェネツィア広場など混んでいる方面に向かうのではないので、渋滞も影響ないはずって思っていたら、その通りでした。母を座席に座らせて、私は立って外の景色とバス停名をチェックしていたのですが、ふと気がつくと隣に立っていた人もどうやらボルゲーゼ美術館に向かうっぽいのに気がつきました。バス停からの地図も印刷して持って歩いていましたが、同じところへ行くのならば、後をついて行っても大丈夫かなぁ?と(笑)でも、万が一その予想が間違っていたらとんでもないことになるので、100%は信用していませんでしたが、その人の動向はある程度チェックしていました。

暫くするとバスは公園に沿って走り出しました。では、これがボルゲーゼ公園なのね?と思い、目的地が間もなくなのを感じてワクワクして来ました。バスは美術館を通り越したところで止まりました、そして私が密かにチェックしていた人も同じくそこで降りて、美術館方面へ歩き出しました。あ〜もう間違いないから後をくっついていっても大丈夫ってところなんですが、美術館はすぐ側なので、そんな必要もなし(笑)

公園内に入ってすぐに建っている建物がボルゲーゼ美術館です。白亜の建物は夕陽を浴びて、キレイなオレンジ色に染まっていました。外装は中の展示物に比べると遥かにシンプルであっさりとした造りでした。まぁ、中のコレクションの煌びやかさと比例させるととんでもない事になってしまいますからね。それにコレクターのボルゲーゼ枢機卿は、欲しいものは権力にモノを言わせて奪い上げてまで自分のコレクションにしていたくらいですから、外装はあくどさが見えないようにしていてちょうど良かったのかもしれませんね(笑)

夕陽に染まるボルゲーゼ美術館 チケット(左:表、右:裏には日付、時間、予約番号) ガイドブック(右:日本語版、左:イタリア語版)

建物の地下へ向かう正面の入口から入って、チケットを購入。予約番号などが書いてあるメールを印刷して持って行ったのですが(そうメールに書いてあった)何も聞かれることなく終了。なんだかあっけない感じ。手荷物は必要最低限のものだけ以外は預けることに。人数制限があるとはいえ、もっとチケット購入に人が多くて時間がかかるかなぁ?と思っていたのですが、あまりにも呆気なくて時間も、もて余し気味。座って待つスペースも余りなく、ようやく空いていたベンチに母と腰掛けてアレコレとお喋りして過ごしました。待っている間、周りの人たちをさりげなく観察していたのですが、意外にも子供の姿もチラホラと。ちゃんと親御さんが子供を連れてきて、色々と説明をしているのです。う〜ん、さすがだわ〜!日本じゃぁ殆どありえない光景です。子供に判るように説明するには、親のほうが理解していなければ出来ませんし、ましてや見せに連れてくるってことは(美術展などにおいては)殆ど見たことがないです。それなのに、こちらは、わざわざ予約を取らないと入れないところまで連れてきての教育。美術品に関しての姿勢が違うのは、こうやって子供の頃から培われているんだなぁとつくづく感じました。

時間になったので、地下からそのまま階段で上に向かいました。ガイドブックなどには一度外に出てから、それから1階から入場とかって書いてあったのですが、地下から外に出ることなく直接上の階へ行くことが出来ました。

今回、ボルゲーゼ美術館に来たかったのは、ベルニーニ作の『アポロとダフネ』と『プルートとプロセルピーナ』の彫刻を見たかったのが一番の動機でした。それがやっとこの目で見ることが出来るのかと思うと、もうワクワクしっぱなしでした。勿論それ以外にも素晴しい彫刻や絵画が沢山あります。ティツィアーノ、ラファエロ、カラバッジョ、コレッジョ…もう挙げたらキリがないほど名画が存在しているのです。それらの名作に圧倒されつつ、逸る心を抑えて圧倒的な美の競演に見入っていました。

ここは、いつかまた訪れて、今度は別の視点から多くの作品を見て行きたいと思いました。あまりにも見事な作品が多いため、感想は書き切れないほどなのですが、私が予てから憧れていた2つの彫刻に関しては、つたないながらも少しだけ触れてみたいと思います。

私達は『アポロとダフネ』のある部屋に辿り着きました。キューピッドのしわざで、恋をする矢を射られたアポロは、河の神の娘であるダフネという美しいニンフ(妖精)に恋をしてひたすら追いかけるのですが、彼女はアポロとは逆に恋を拒絶する矢を射られていたので、彼を拒否し続けます。ついにアポロが彼女に迫ってきた際に、彼女が父である河の神に願ったことは「自らの姿を変えること」でした。そしてそれは聞き入れられ、アポロの目の前で月桂樹に変わっていく…そのシーンが『アポロとダフネ』の彫刻なのです。

指の先から月桂樹に変化しているダフネ。足はすでに幹へと変わりつつあって…その僅かな一瞬の出来事のシーンなのですが…。躍動感あり、ドラマチックであり、アポロとダフネの感情が交錯して見る人を惹きつけてやまないものなのです。キューピッドのしわざとは言え、こうまで恋を拒否し続けるとは…。目の前で恋しい人が樹に変貌していくのをただ手をこまねいて見ているしかなかったアポロ。彼はその後月桂樹の葉で冠を作り、それをずっと被り続けるのです。月桂樹の冠は以後アポロの象徴ともなるのです。
もし…ダフネがアポロに靡いたら…月桂樹の冠は存在しなかったと思います。実らなかった悲劇の恋は、アポロの胸の中に生き続け、その頭上に存在し続けるのです。これはある意味、ダフネの勝利かなぁと思えたりも…手に入ってしまった恋は、特に神々の間では永遠なるものではないからです。


そして、次の間には『プルートとプロセルピーナ』。冥界の王プルートは、大地の女神の娘プロセルピーナに恋をして、冥界に連れ去ろうとしている瞬間の彫刻です。無理に連れ去ろうとしているプルートの指は、全身で抵抗をしているプロセルピーナの身体に食い込んでいるのですが、どう見てもこれがあの硬い大理石で出来ているなんて信じられないほどなのです。更にプロセルピーナの頬には涙が流れているのまで表現されているのです。大理石なのに、生々しいほどの肉体の躍動感と、そこから溢れ出てくる感情が見ている人間を惹きつけずにはいられないのです。どの角度から見てもそれは感じられ、一部の隙も無いほどの状態なのです。

私は…どちらの彫刻も、360度全ての角度から見回しました。そして、ただただ圧倒され惹き込まれて見ていました。翌日ヴァチカンで見るミケランジェロの『ピエタ』とは正反対に位置する彫刻です。『ピエタ』は静であるのに対して、二つとも動であるのです。ベルニーニという人の才能は、恐ろしいほどのものでした。

気がつくと外は真っ暗になっていました。夢中で見ていた私と母でしたが、時間も残り僅かになってきてしまいました。急かされるかのように、残りを見て回り、預けた荷物を受け取って外に出ました。辺りは真っ暗で、美術館から出てくる人も疎らでした。あまりにも多くの美術品が存在しているボルゲーゼ美術館は、出来ることならば数回に分けて見たほうがいいかもしれません。そのくらい圧倒されてしまって、全てのものを自分の中に消化できないからです。

ブラブラと母と2人、バス停まで歩いていき、暫く待つと「910」のバスがやってきました。帰りの道順は一部来るときと違う道を通るのですが、途中からまた同じ道に戻っていきました。いつでもそうですが、帰りのほうが所要時間は短いように感じられました。

歩き疲れたので、またもや夕飯を食べに行く元気も無く…テルミニ駅の地下のスーパーで買い物をして部屋食。ローストチキンなどは半身で売られていましたが、とってもお買い得な値段だったという記憶があります。ホテルの部屋に戻ってゴロゴロしながら食べ(お行儀悪いですが)、お風呂に入って翌日に備えました。

それにしても…色々と好奇心が旺盛すぎるのも…って思いますね(苦笑)体力の限界まで見て歩いてしまいますのでね。母には可哀想なことをしました。

予告:いよいよ、ヴァチカンへ

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