2月4日 ヴェネツィア → ミラノ  その3

ミラノ到着
気がつくと周りは田園風景ではなく、建物になっていた。そろそろミラノに着くらしい。ベローナよりもヴェネツィア、ヴェネツィアよりもミラノと街が大きくなるに連れて、気持ちを引き締めねばと思った。ミラノは特に大きな都市だし駅も大きいので、スリなどの犯罪に気をつけねば。
ホテルは駅のすぐ近く。これならば翌日のミラノ自由行動でも、駅を目指せば戻ってこれる。それに空港へ向かうにも駅前からのリムジンバスに乗れば良いので、とても便利だった。
駐車場の中を通り抜けた。一応見渡せはするけれど、車の陰からいつどんな人が出てくるかは判らないので、Uさんが先頭、その後にMさん親子、最後に私という風に後ろも気をつけながら歩いていった。
チェックインして、とりあえず荷物を部屋に入れて、持って行くもの、置いていくもの等の支度をして、15分後にロビーに集まった。

いよいよこれから「最後の晩餐」を見に行くのだ。
そう思うとワクワクしてくる。修復されて、今迄見ることの出来なかった絵が描かれているのが判ったと以前TV番組でやっていたのを食い入るようにして見た覚えがある。その絵を自分のこの目で見ることが出来るなんて!!

電車が少し遅れたのと、夕方になって段々道路も混んできたので、バスではなくタクシーで向かうことにした。その方が歩くこともなく、私も楽なので大賛成。
タクシーで通るミラノの街は不思議な感じ。建物の外観は古いのに、お店は最新のものを扱っているし。大きなアルマーニの看板を見つけた。う〜ん、やっぱりオシャレ〜!スフォルツァ城も見えてきた。ここは明日、是非とも来て見てみたいと思っている場所。

「最後の晩餐」
暫くすると、タクシーは「最後の晩餐」の絵があるサンタ・マリア・デッレ・グラツィエ教会のところに着いた。予約制なので、あまり人が溢れていない。それに夕方なのでツアー客も殆どいなかった。教会の前の広場では子供達がサッカーをしていた。さすが、サッカー王国だけあるなぁ。そのうちに受け損ねたボールが私のところに転がってきた。足で受け止めて、そのまま追いかけてきた少年の方にまっすぐに蹴り返すと、ちょっとビックリした顔をしながら「グラッツェ!」と返ってきた。女だから出来ないって事はないのだよ、君!(笑)

第2次世界大戦でこの教会も大打撃を受けました。 想い出に残るチケットです
サンタ・マリア・デッレ・グラツィエ教会 「最後の晩餐」の見学チケット

外観の写真を撮って、チケットを受け取った。驚いたことに、チケットの絵は「最後の晩餐」の一部(文字の「il Cenacolo」は「最後の晩餐を画題とした絵」という意味)。だから人によってチケットの絵は異なる。私のは「小ヤコブ」と「アンデレ」の部分だった。そして、問題になっているナイフを持つ謎の手。団体ツアーなら、もしかしたらみんなの絵を組み合わせれば1枚の完成図が出来るかもしれない。時間まで、中に入って待つことに。ちょうど日本の団体客がいたけれど、なんやらトラブっている。2人分のチケットが無いとのこと。あらら〜、せっかく来たのに入れないだなんてなんてこと?こりゃ〜、日本に帰ってから、旅行会社はクレームが来て大変だろうなぁ。そんなに同じ場所に何度も足を運ぶ人は多くないのだから、見れないなんて…。すでに諦めて何人かで譲り合いをしている。「私はいいから…」という声も聞こえた。絵の傷みを最小限に抑えるために、温度と湿度を管理して時間と人数を限って公開しているので、おいそれとは追加は出来ないのだ。ところが、幸いにも?ドイツ人だかフランス人のキャンセルが入っていて、それがスタッフ間で連絡が上手くついていなかったので、2人分足りないと言うことになったらしい。他人事ながらホッとした。

私達の前の組が入っていった。入口と出口は完全に違うところになっている。あと少しで見れるのだと思うとワクワクしてきた。ガラス張りのドアが開いた。いよいよだ。時間は15分で一度に入れるのは25人。ドアから入ると、中庭に面したガラス張りの場所。全員がそこに入ったら、後ろのドアが自動で閉った。そして、少し時間が経ってから、目の前のドアが開いた。かなり厳重。温度と湿度をこれほどまでに管理しているとは!

開いたドアを入っていくと、右手方向に大きなその絵はあった。ドアは建物の真ん中辺にあった。そのまま吸い寄せられるように、絵の近くまで寄っていった。勿論、柵が設けられているので、その限界ギリギリまで近寄っていった。圧倒された。本当にこの絵は500年も前に描かれたものだのだろうか?キリストをはじめとした人々の表情。食卓の食べ物、テーブルクロス、背景。何もかも計算され尽くして描かれているのに、厭味は全然ない。テーブルクロスの4隅の結び目や折り皺までが物凄く写実的に描かれている。ガラスのコップも修復によって現れたと言っていたっけ。魚も。

最初は一番近くまで寄って見た。そして、そのまま少しずつ後ずさりしていきながら、距離をおいて絵を眺めた。あぁ、遠近法によって描かれていて、巧みな光と影の配置によって、イヤがうえでもキリストに視線が集中してくる。かすかに開いている口。伏せた視線。自らの死を悟っているせいか?その目はなんとなく冷めた表情をたたえているように感じられた。

建物の中央あたりまで離れて、初めて周りの壁の絵にも気がついた。そして、「最後の晩餐」と向かい合っている絵にも初めて視線を向けた。こちらは、モントルファノの「キリストの十字架刑」のフレスコ画。普通ならばこの絵も賞賛に値するものだけれど、向かい合っている絵の存在が余りにも大き過ぎる。壁に描かれているものでなければ、別の場所に移動させてあげたいくらいの気持ちになった。そのくらい比較の対象にしてしまうのだ。

最後にもう一度、側まで寄って行き、眺める。12人の使徒達。切り取って持って行ったガイドブックの説明と付き合わせながら、絵を味わった。あっと言う間に15分。出なくてはならない。残念。出口から出ると、お決まりのお土産などのコーナー。判っているけど、絵葉書を買ってしまった。

夜のミラノ
外に出ると、うっすらと暗くなりつつあった。道路を走る車もヘッドライトを点け始めた。道を渡って、市街電車乗り場にて電車を待つ。市街電車なんて、何十年ぶりに乗ることだろう?子供の頃、都電に乗って以来のことだ。市電に乗ってドゥオモに向かう。とても残念なことではあるけれど、正面は修復中。それにしても大きいなぁ。明日ここに来てじっくり見るのが楽しみになってきた。ここも…広場には鳩が沢山。うへ〜。鳩が大嫌いな私はうんざり。。

ドゥオモに向かって左側に、ヴィットリオ・エマヌエーレ2世のガッレリアがある。入口のところの構えが重々しい。中はガラス張りのアーケードになっていて、いろんなショップが入っている。上を見上げると、いろんな彫刻が素晴らしい。でも、ここは人通りも激しいし、無防備になってしまうので、上を向いてばかりはいられない。中央十字路の頭上には4枚のフレスコ画が飾られている。なんでもそれらは、4大大陸を象徴しているそうだ。とりあえず全部写して来た。帰国後、写真を確かめると、確かにそうと判るモチーフが描かれている。アフリカ大陸は黒人男性、アメリカ大陸は、アメリカインディアンを思わせる羽飾りを身に着けた男性、ヨーロッパは天使?、そしてアジア(中国)はハスの花とベトナム風の帽子を被った人物が描かれていた。(注:このモチーフはGallery vol.1の2005ベローナ・ヴェネツィア・ミラノの中のミラノ編に入っています)

修復終わったら、また見に行きたいです イタリアらしい華やかさを感じました キレイでしたよ〜
修復中のドゥオモ ヴィットリオ・エマヌエーレ2世のガッレリア ガッレリアの中

ガッレリアを抜けて、スカラ座の前へ。ここは記念写真だけ。やっと修復も終わってこけら落としも済んだばかり。オペラの上演があるときは、華やかな衣装に身を包んだ人達が沢山現れるんだろうなぁ。
ぐるりと廻って、ドゥオモの脇の方に出た。見ると、ドゥオモの頂辺の「黄金のマリア像」がライトアップされている。暗闇に浮ぶドゥオモの美しさはまたなんとも言えない妖しげな表情を浮べていた。マリア像も、デジカメの10倍ズームで写してみた。10倍になると自分の身体の細かな揺れまでを感じる。ジッとしてブレないように気をつけても、息をするだけでもブレてしまうのだ。そこで、近くの壁にまずは寄りかかって、揺れを最小限にして、シャッターを押す瞬間は息を止めて押したくらいだった。何枚か写していたら、そのうちバッチリのピントの写真が撮れたので大満足!

オペラの殿堂です 夜のドゥオモも素敵です マリア様、輝いています
スカラ座 夜のドゥオモ(頂辺がマリア像) ライトアップされた「黄金のマリア」像
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