2月5日〜6日 ミラノ → 東京  その2

見たかった絵、印象に残った絵
(絵は、ブレラ絵画館のサイトからvirtual tour をクリック、部屋の番号から入ると見れます)
それはそうとマンテーニャの「死せるキリスト(Mantegna Andrea作Cristo morto nel sepolcro e tre dolenti」【Room VI】の絵はどこにあるんだろう?あるべきはずの部屋が工事で閉鎖されてしまっている。貰った見取り図も古いまま。修復途中の部屋を挟んで、両側に部屋が展開しているので、まずは行き止まりになっている向かって左側から見ていくことにした。途中2つほど部屋を抜けたけれど、それはまたイヤでも通らなくてはならない部屋なので、後で見ることに…。一番奥の部屋に入って、順々に見始めた。すると、その絵はあった。思ったよりも小さい絵だった。十字架から下ろされて横たえられたキリストを、足元の方からの視線で捉えた絵。聖母マリアと思われる老女の目から溢れる涙。かつてTV番組で見たことのあった絵だけれど、実物はもっと暗い色調だった。

同じ部屋には「アレキサンドリアでの聖マルコの説法(Bellini Gentile e Giovanni作La predica di S. Marco ad Alessandria」【Room VIII】(ベッリーニ兄弟作。なぜ兄弟作かというと、ジェンティエーレの死後、兄弟のジョバンニが製作を引き継いだため)もあった。「も、あった」というよりも、この絵の方がそもそもこの部屋の主って感じ。「死せるキリスト」のほうは仮住まいだもの。

「…聖マルコの説法」はとても大きな絵だった。ヴェネツィアのサン・マルコ寺院の信者会の為に描かれた絵だそうだ。ターバンを巻いたエキゾチックな服装の人々が描かれていたけれど、建物の感じがなんとなくサン・マルコ広場を連想させるような絵だった。帰国後、買ってきたガイドブックにも同じようなコメントが書いてあったけれど、サン・マルコ広場を見たことのある人ならば絶対に感じるだろうと思う。

隣の部屋には「聖マルコの亡骸の発見(Tintoretto (Jacopo Robusti)作Il ritrovamento del corpo di San Marco」(ティントレット作)【Room IX】の絵。この絵も確か初めて見たのはTV番組だった。確か初めてイタリアに行く前。その絵のエピソードを聞いて、その後ガイドブックでヴェネツィアのサン・マルコ寺院のところを読んだので、かなり印象が強い。この絵のシーンがあってこそ、初めてサン・マルコ寺院が出来るきっかけになったのだもの。

薔薇のイラスト修復途中の絵の部屋までまた戻ってきたので、見取り図の通りにまた進み始めた。途中でふと振り返ったら、見落としていた小部屋があったのに気がついた。慌てて戻った。戻って正解。小さな部屋だけれど、ここには「聖母子(薔薇園の聖母)Luini Bernardino作Madonna col Bambino (Madonna del roseto)」(ルイーニ作)【Room XIX】の絵があったのだから。小さな絵だけれど、柔らかな色彩で、聖母マリアの優しさと言うか、慈愛そのものが絵になったかのような雰囲気の絵だった。同じ画題の絵が並んであったけれど、私はこちらの方に心惹かれた。

しばらく次々と部屋を移り、絵を見て進むとラファエロ作「聖母の結婚式(Raffaello Sanzio作)Sposalizio della Vergine」【Room XXIV】があった。受胎告知などのモチーフは数多く見るけれども、この画題は面白かった。マリアが指輪を嵌めて貰おうとしている瞬間の絵だ。なんとなく人間くささの感じられる絵だと思う。

「聖母の結婚式」のある部屋を過ぎると、16〜17世紀のフランドル派の絵になってきた。ルーベンスや、ヴァン・ダイクの絵も。ルーベンスの絵は「最後の晩餐(Rubens Pieter Paul作Cenacolo)」【Room XXXI】。12人の使徒達は、小さなテーブルを囲んで固まっている。前の日に見た「最後の晩餐」とはまるっきり構造も違うし、色彩も異なる。ふむ…画家それぞれで面白いと思って見た。
ヴェネツィアの部屋【Room XXXV・XXXVI】というところに来ると、まさしくそこにはヴェネツィアの風景画があった。海から見たドゥカーレ宮殿と鐘楼、カナル・グランデの絵だった。18世紀の絵であるけれど、今もそのままの風景である不思議さ。ホンの2日前には自分がそこに居たというのだから。

喜んでいるイラスト残り部屋2つとなって、またここにも印象に残る絵が…。題名は「口づけ(Hayez Francesco作Il bacio」(アイエツ作)【Room XXXVII】。あ、断っておきますが、私の願望とか欲求不満(?)の現れではありませんので、あしからず。中世の恋人たちのラブシーンで、まるで「ロミオとジュリエット」を彷彿させるかのような絵。女性の水色のドレスが物凄く印象的。シルクサテンのドレスと一目で判る。なんだかロマンチックで素敵だこと。全ての絵を見終わると建物をちょうど1周したことになって、チケット売り場のところに出る。イヤホンガイドを返却。コートを着て、外に出る。

とりあえず、お昼
時計を見ると12時過ぎていた。ふ〜、かなりゆっくりしたなぁ。これから歩いて、スフォルツァ城へ行かなきゃ。是非見たいところだし。とりあえず建物から出て、左へ曲がった。地図を見るとオルソ通りまで出た方が判りやすいかも。それにその方が城の正面に出るので、写真を撮るのに都合がいいだろうし。それにしても、この絵画館の辺りは誰も歩いてなかった。でも、それもオルソ通りに出ると車も走り、人も歩いていた。なんとなくホッとする。喉も乾いてきたし、お腹も空いてきた。どこかお店でもあったら入ろうと思っていた。1軒目のお店をすぐに見つけたけれど、誰も入ってないから却下。

その先に歩道に看板が出ていたお店を発見。なになに?サンドウィッチ?英語で書いてあるって事は、イタリア語出来なくても大丈夫かな?中に人もいたので、とりあえず入ってみることにした。中に入るとカウンターがあって、その前に4つほどテーブルと椅子、お店の奥の方にもテーブルがあったけれど、そちらは椅子がテーブルの上に乗せてあったままだった。メニューを見せてくれたので、英語で頼んでみたけれど、イマイチお店の人は理解できてない感じ。「ツナ」って書いてあるから、その通りに言ったけど返ってきたのは「トンノ?」って質問。へ?「トンノ」?イタリア語だぁ。ちょっと考えればツナに似ているからすぐに理解出来たと思うけど、その時の私の頭の中は「え〜、やっぱり英語ダメなんだ。英語で看板に書いてあったから大丈夫かなって思ったんだけどなぁ」ってことしか考えてなかったのだ。「What?(何?)」って聞いてみたら、「Fish」だって。ここで、ツナだと判ったので、「OK、but without cheese(チーズ無しね)」って言ったら今度は向こうが判らない。イタリア語でチーズって何だっけ?とっさのことで出てこない。仕方ないので「No cheese」って言ったら「Si(判った)」って事だったので、やれやれ。

後は喉が渇いたので、ともかく水。「ミネラルウォーター1本」って英語で言った後、「ガス無しのミネラルウォーター」ってイタリア語で言い直しにチャレンジ。でも何故か、「ナトゥラーリ」って語尾を直される。「ナトゥラーレ」って本に書いてあったけどなぁ。ま〜いいや、気にしないことに。向こうも「この外人はイタリア語が判らないみたいだから、間違った言い方をしているから直してやらねば」って親切心でのことだと思うし。
料金を払って、ツナサンドと、ミネラルウォーターを受け取ってテーブルについた。端っこは男の人が座っていたので、一つ空けて座った。まずは水。喉乾いちゃったし。半分位一気に飲んでしまった。ツナサンドは、食パンに挟んであるものではなくて、コッペパンみたいにやや堅めのパン。でも、噛みしめると美味しい。大好きなルッコラも挟んである。ブレラで買ってきた本を見ながらパクついていた。途中、通りをはさんだ工事現場から職人さん2人が来て、エスプレッソかなにかをキュ〜って飲んでまた出て行った。食べ終わったので、ついでにトイレを借りることにした。ベローナで通じたので大丈夫だろうと思ってイタリア語で聞いてみた。すると、手招きしてドアの場所を教えてくれた。良かった、通じたわ。いや、こんな事で喜んでいてはいけない!もっと色々と覚えなきゃなぁ…。まだまだ先は長いけど…。

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