2001年3月6日  成田 → バンコク

カンボジアへはバンコク経由で入る。最初の予定では、夕方のフライトで、夜中にホテル着だったそうだけれども、飛行機の都合で、午前中出発、夕方着というラッキーな体力的に楽なフライトになった。
食事はホテルではなく、市内のレストランだった。だが…残念なことにまるっきり記憶が無い。私の悪い癖なのだけれども、興味がないと記憶さえも残らないのだ。どうやら意識はカンボジアモードになっていたようだ。

3月7日  バンコク → シェムリアップ


【シェリムアップへ】
朝は比較的ゆっくり出来た。11時半のBangkok Airwaysでシェリムアップへ向かう。乗り込む飛行機はかなり小さい。機体には海の絵?などの絵が描いてある。なんだか子供っぽい感じ(笑)あまりの小ささに、ちょっと不安を抱きながら機内へ。シートの真ん中に通路が1列あるだけ。席に着いて、離陸まで暇なので、前の席の背もたれにあった機体の説明書を見てみた。そしたら…なんとこの機体はボーイング社の最新の機体だった。
シェリムアップまでは50分と言うのが一般に案内されているようだけれども、実際は30分強。距離が短いから割りと低空を飛んでいる時間が長かった感じがした。そんなに短いのに、機内食がしっかりと出た。各個人に飲み物とランチボックス。いくらお昼のフライトとは言え、乗っている時間を考えたら、ちょっとビックリ。ほんと、かっ込んだって言っていいくらい、慌てて食べた。客室乗務員が前から順番に配っていって、一度、前に戻り、食べ終わったのを回収して回るって状態。我々、客も忙しいなぁ。

シェムリアップの空港はとても小さくて、アンコール遺跡群の為に出来た飛行場と言う感じだった。荷物だけ別にホテルへ送られると言う。ということは、荷物とは別行動になるわけだが、中にはキチンと理解できずに、後で困っていた人もいた。私はボストンバッグだけだったので、ホテル送りにせずにそのまま手元に置いておいた。

【アンコール・ワットへ】
空港から街へ向かう道路は一応は舗装されているが、結構道幅の細い道だった。このまま遺跡観光となる。まず最初は、アンコール・ワットだ。
遺跡観光の前に、アンコール・ワット遺跡群を見学するための共通パスを作る。個人々々写真を用意しておくように言われていたので、それを提出して、事務所前に止まったバスの中で暫く待つ。出来上がって配られたパスは、パウチしてあるので汚れる心配は無い。これは記念になるし、いいかも。

バスはアンコール・ワットを取り囲む道を走っている。南北1300m、東西1500mの濠に囲まれているとガイドブックに書いてあったとおり、周りには濠があり、ホントに「これがそうなのかな?」って思えた。バスは正面入り口前の広場に止まった。
バスを降りて道を渡り、皆思い思いに濠越しに写真を写す。アンコール・ワットのホンの一部だけれども見えている。

濠越しのアンコール・ワット
濠越しのアンコール・ワット これが最初の写真

いよいよ、西参道に入る。真っ正面に遺跡が見えてくる。参道の左半分は石組みが崩れていた。修復中らしい。日本から修復プロジェクトに参加している大学などもあるし…。西塔門のそばにナーガの彫刻があった。いくつもの頭を持つ「不死のシンボル」でもある蛇神。残念なことにかなり崩れていたものを修復したらしく、セメントで固められた部分が多かった。

数段の階段を上がって西塔門に足を踏み入れたとたん、目の前に3つの祠堂と、それに向かう参道がまっすぐに伸びているのが見えた。門の中から見ると、額の中の絵のようだった。

門の中から見ると額縁の絵のようなアンコール・ワット 西参道からのアンコール・ワット 聖池からのアンコール・ワット
まるで額縁の中の絵のよう 西参道からのショット 見える祠堂は3つ 聖池からのアンコール・ワット 祠堂は5つ見える

あれだけ沢山のバスが止まっていたので、さぞかし観光客がいっぱいいるのだろうと思っていたら、我々の団体のみしか見当たらない。ということは本当に広いから、人の多さを感じさせないんだろう。まずは祠堂をバッグに写真を取る。聖池の前も撮影ポイント。池にアンコール・ワットが写っている。ここからだと、少し斜めになるので、祠の数が5つに見える。真っ正面からだと3つなのだが。

【回廊の彫刻に圧倒される】
いよいよ、回廊に辿り着く。いろんな場面が彫られていて、その説明を聞いているうちに、シャッターを押すのを忘れてしまったくらいに圧倒される。「マハーバーラタ」(王族家同士の戦闘物語)の戦闘場面や、ヒンドゥー教の天地創造神話など。よくもこんなにも素晴らしいものが内乱をくぐり抜けてきたかと思うと、感動する。破壊され尽くされなくて本当に良かった。

顔と胸がテカっているデバダー
顔と胸がテカっているデバダー

あちこちにあるデバダー(女神)像は、観光客が触っていくので、胸と顔だけがツヤツヤと光っている。かく言う私もあやかって(何にあやかるのだ?)触ってきたけれども(^〃^)。

しかし…、今、アルバムを見ると、あまりの写真の少なさに情けなくなってくる。まぁ、それだけ、圧倒されてしまっていたのだろうか?でも、その時の衝撃は覚えていても、後で見るためには多少は残しておくべきだった。

中央祠堂は、階段で上まで上がれるようになっている。一部の階段は壊れかかっていて修復中なので、登ることは出来ないが、この階段なら登ってもOKという場所があったので、そこからみんな登っている。物凄い急勾配登ることを拒絶するような感じだ。後世になってから、端っこに手すりが付けられた。登る人も、降りる人もそれを伝わっていく。いつも感じるのだけれども、ヒンドゥー教の建物は階段の1段1段の高さが高い。登り降りにはとても苦労する。降りるときのことを考えると、ちょっと躊躇ってしまうのだけれども、せっかく来たのだからと思い直し、登ってみた。

上には数人の僧侶がいた。当然と言えば当然なのだけれども、あの恰好でよく登れるなぁと感心した。信仰心があれば、どこでも平気なんだろうな。上から、景色を眺めた後、早めに降りることにした。どんどん人が上がってくるので、そのうち降りるのが大変になるだろうと思って。降りるのは、とても大変だった。1段ごとにしっかりと、手すりからは手が離せない。逆に登ってくる人もいる。どちらも怖いので、手をなかなか離せないのですれ違うときは大変である。「行きは、よいよい、帰りは…」って童謡があるけれども、まさにそれだった。やっとのことで、下に降りることが出来た。ホッとする。

中央祠洞の急な階段 上にいた僧侶達 デbダーの真似してのショット
中央祠洞 怖々と降りる人 祠堂の上にいた僧侶たち えへへ・・・真似してみました

祠堂を囲む回廊にはデバダー達の彫刻が沢山あった。私も真似をして見たけれども、結構ポーズを取るのが大変。足は両方とも同じ向きにして、手の位置は…周りから、アレコレ直されてやっと写してもらえた。

【プノン・バケン山に苦労して登る】
アンコール・ワット見学後、夕陽を見るために、プノン・バケン山(アンコール三聖山のひとつ)に登った。ちょっと〜!こんな急勾配を登るの?だって斜面は木々の根っこだらけじゃない!足元が不確かで捻挫しないように気をつけないと。学生時代からそうだけれども、私は山登りなどが大嫌いだった。なんて言うか…重力に反して上に移動するのが苦手なのだ。みんなはスタスタと登っていく。なるべく遅れないようにと頑張って上まで登った。

登りきったら、上には遺跡があり、そこには沢山の人が。ガイドブックにも載っている恰好のビューポイントだしなぁ。でも、なんだか雲が多い。山からの眺めは最高なのだけれども、チョッピリ残念だった。山頂では、パイナップル売りがいた。物凄く甘い香りが漂っている。私はパイナップルが大好きなので、思わずそそられたが、イマイチ不衛生っぽいので、ぐっと堪えた。まだ初日なのに、初日から腹痛で苦しむのは…って思ったからだった。
それにしても、本当に蒸し暑かった。ベージュのセーターを着ていたのだけれども、汗で色が変わってしまった。ともかく早くホテルへ行って着替えたかった。陽が落ちてしまったので、あたりは刻々と暗くなってくる。さっきの木の根が一面に這っている斜面を降りるのは本当に困難だった。明るくても足元が取られるのに、暗くなってしまったので、やっとのことでバスにたどり着く。やれやれ。カンボジア初日の観光はこれでお仕舞い。空港近くのホテルへ向かう。

プノン・バケンからの夕陽 山の上の遺跡
プノン・バケンからの夕陽 山の上の遺跡

【お湯が出ない…】
ホテルは、こぢんまりとしたホテルだった。でも、冷房が完備されているので快適。ホテルの中でTシャツを売っていた。こんなに汗をかくのでは持ってきた分では足りないかもしれないと思って、お土産分も含めて数枚買った。夕食まで時間があったので、シャワーを浴びて、早速買ったばかりのTシャツに着替えた。シャワーは大勢の人間が一斉に使い始めたので、お湯が出なくなってしまった。タンクに沸かしたのが溜められているとのことだったけれども、一度に使うと供給が間に合わなかったらしい。外が暑いので、結構水も生ぬるかったし、一刻も早くさっぱりしたかったので、そんなことは気にしてはいられなかった。どうしてもお湯が良ければ、使う人の少ない夜中ならば出るのだから。

食事の時間になったので、出て行くと、私のTシャツ姿を見て何人かが寄ってきて、素材を触って確かめに来た。なかなか厚手のしっかりした生地だったので、夕食後買い求めている人もいた。

【なんでも食べれなきゃ…
夕食は、カンボジア料理タイ料理とベトナム料理が混じったような感じ。まぁ、あの辺は、お互いに人々が行き交っていたのだから、似たり寄ったりの料理になるのかもしれない。パクチーも入っているものがあるけれども、苦手なので避けて食べた。ご飯もやや癖があるが、こう言うところに承知してやって来たのだから、別になんとも思わず、ぱくぱく食べていた。

それに、食べなければ、この暑さと湿度で体力が消耗してしまい、ダウンするのは目に見えている。中には文句タラタラの人も…。私が隣で食べているのに「こんなのを平気で食べている人の感覚が信じられない」とか…。「じゃぁ、私はなんなのだ〜!」って思っていたけれども黙っていた。口に合わなければ、黙って食べるのを止めればいいものを、文句を言いっぱなし。聞かされる身も参った。
また、年配の男の人でこの暑さで参ってしまった人がいた。なんでも話を聞くと初めての海外旅行だとか…。元々食事も好き嫌いが多く、冷たい水は全く口にしたことがないそうで、普段から熱いお茶しか飲まないそうだ。そんな事を言っても、こんな南国のまだまだ辺鄙なところでは、熱いお茶なんて売っているわけがない。そりゃ〜無理難題を言っていると思った。やっぱり、そう言う人は初めての海外旅行でいきなりこんなところに来ちゃいけないと思う。なんでも食べれて、元気な人でないと、みんなに迷惑をかけてしまうからだ。仲よくなったHさん親子もそう話していた。

【ちょっと情けなくなる】
あとで、添乗員のHさんから聞いたのだけれども、ホテルのスタッフも大層心配してくれて、特別にお粥を作ってくれたそうだ。ところが、その後がいけなかった。現地のお米は日本のと違って長粒米。それにやや臭みもある。日本と同じものを期待してはいけないのに、男性も文句を言って手をつけなかったとか。余りにも我が儘が過ぎると言うもの。また、特別に作ってくれたのだから、せめてものお礼に僅かながらのチップも出せない程の心遣いの出来ない人だったとか。でも、添乗員としては、強制は出来ないので、その辺は間に入って心苦しかったろうと思った。なんだか話を聞いて情けなくなった。なんて心が貧しいのだろうかと…。

まぁ、いつまでもそう言う人達にかまけていたら、自分が楽しめないので、考えるのを止めて部屋に戻り、体力維持の為に早めに寝る。

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