10月8日  カイロ → アスワン経由 → アブシンベル → アスワン

【席はご自由に?】
朝3時のモーニングコール。4時半にはホテルを出発と当時の日程表に書いてあった。早朝というか未明の出発だったという記憶はあったけれども、こんなに早朝だったとは・・・。カイロからアスワンまで国内線で飛び、そこから乗り換えてアブシンベルへと飛んだ。
国内線は・・・座席指定は無かった。チケットも、普通のboarding passではなくて、色紙みたいな感じ。乗り換える人はこの色って色が決まっていた。でもって、指定がないので早い者順で自分の好き勝手な場所に座るそうだ。とりあえず書いてあっても『自由席』だそうだ。ともかく、これには驚いた。万が一・・・事故があった時、誰が何処に座っていたかが発表になり、それによって生死の分かれ目になることもあるのだけれど。まぁ、そんなことは無いことを祈るけど・・・。

アブシンベルの空港は小さかった。空港からはバス。アブシンベルの空港は、この遺跡のために造られたって感じ。アスワン・ハイ・ダム建設で水没してしまうのを避けるため、ユネスコが60m高い場所に移築したそうだけれども、一体どんな感じなのかワクワクして向かった。

【古代文明の科学】
バスを降りて、大神殿に向かう。正面にはァラオの像が4体。1体は欠けてしまっているけれども、それ以外は残っていて、今も正面から見下ろしている。今から3300年以上も前に建てられたなんて信じられないくらいだ。ともかくその大きさには圧倒されてしまう。ピラミッドも凄かったけれども、これも凄い。これだけのものを造れるほどの絶対的権力があったのが伺える。神殿の内部にはラムセス2世の像が立ち並び、壁や天井のレリーフが見事だった。

神殿の最深部の至聖所には4体の像が並んでいた。右からラー・ハクティ神神格化したラムセス2世アモン・ラー神プタハ神だとか。年に2回、太陽の光がこの至聖所に射し込んでくるそうだ。ただし闇を司るプタハ神には日の光は射さないように設計されているそうだ!その説明を聞いて、驚愕した。3300年以上も前の時代に、そのような計算がなされて設計され、その計算通りに建築されていたのだから。現代の科学の力によってはじき出された計算では無いのだから。でも、それだけ優れた文明は一体どうなってしまったのだろう?

アブシンベル大神殿 神殿最深部 至聖所 ネフェルタリの小神殿
アブシンベル大神殿 神殿最深部の至聖所 ネフェルタリの小神殿

大神殿の脇には小神殿がある。ラムセス2世は自分のために大神殿を、第1王妃のネフェルタリのために小神殿を造らせたそうだ。正面には自らの像と王妃の像が並んでいて、足元には子供たちの像。絶対的な権力のある王でも、なんとなくその素顔の一面を垣間見たような気がした。

【神殿の裏側】
大神殿は今の場所に移された時、大きな岩山に大ドームを造って、その中に収められたそうだ。私の参加したツアーはそのドームの中も見学してきた。神殿の裏側(そう表現して正しいのかな?でも他に上手く言い表せられないけど)はコンクリートのドームだった。まるで、天井がコンクリートのプラネタリウムに入ったかのような印象が今でもハッキリ残っている。現代の科学がややもすると古代エジプトの科学に負けてしまいそうな気がした。

【神殿に登ってみる】
ネフェルタリの小神殿岩山には登ることが出来た。正面から神殿を見たときに、上に人がいるのが気になっていたところ時間に余裕があるので登っても大丈夫と言われ、登ってみた。大神殿を斜め上から見る上から見ると、見学の人々がなんて小さく見えることか!

小神殿の上から大神殿をバックに ナセル湖 対岸はスーダン

神殿の目の前はナセル湖だった。この湖を見ていると、砂漠の中にいるような気がしない。対岸はスーダンだと、バビさんの話。スーダンはまだ内戦が続いているとか…。湖面は波一つ立たず、こんなに穏やかなのに…。それにしても、この素晴らしい遺跡が湖に沈まなくて本当に良かった。古代文明の素晴らしさと偉大さを改めて実感した。

再びアブシンベルの空港へバスで戻り、アスワンへと向かった。

【アスワンへ】

アスワン・ハイ・ダムの上にて
アスワン・ハイ・ダムの上にて

アスワンでの観光は、アスワン・ハイ・ダム切りかけのオベリスを見てきた。ダムの橋の上では、上流と下流の水量の差が著しい。上流はまるで海のようだ。これが出来たので、エジプトは、もはや洪水に悩まされることがなくなった。エジプト人の誇りでもあるみたいだ。

切りかけのオベリスク
切りかけのオベリスク

切りかけのオベリスクは作成途中でひびが入ってしまい、そのまま放置されたオベリスクである。楔を打ち込んで岩を切り放していったのだろうと説明を受けた。それにしても、クレーンなんて無かった時代、こんなに大きなものを切り出して、運び、立ててしまうなんて、本当に凄い!

アスワンでのホテルは、アスワン・オベロイ・ホテルだった。ここはナイル川の中のエレファンティネ島にある。ホテルには専用の船で渡って入った。チェックインして遅めの昼食後自由時間、そして夕方また集合。

【ファルーカで夕涼みの後、スークヘ】
ファルーカ(帆船)でナイル川の夕涼み。日差しも大分柔らかくなったので、半袖Tシャツに着替えて出た。川沿いには、アガサ・クリスティの「ナイル殺人事件」に登場するオールド・カタラクトも見えた。オベロイも良かったけれども、内心、ここにも泊まりたかった。少しずつ日が暮れていくさまはなんとも言えず良かった。ホテルから出たファルーカは、そのまま対岸へ着けられた。

ナイルの落日
ファルーカで夕涼み ナイルの落日

夕食まで自由行動なので、街のスーク(市場)へ行ってみた。ここでは、お土産を調達してきた。アスワンは当時すでに観光地であったけれども、雰囲気はノンビリしていて、女性だけで歩いていても安全な感じで買い物が楽しめた。道端で綿のストールを売っていたオジサンが、商品を売りつけてきたのだけれど、私は買う気がなかったので、断り続けていたら値段をあっと言う間に10分の1まで下げてしまった。じゃぁ、最初の言い値はなんだったのだろう?(笑)

【 「信じてくれ!」 】

飾り物のお土産で気に入ったのがあったので、いくつか買ってきた。トルコ石のブルーの色をした焼き物の壁掛け。手のひらの形をしていて目がついている。ちょうどこの時、大きなお札しか無かったので、仕方なく大きな金額の紙幣を払ったのだけれど、とあるガイドブックに「高額紙幣で支払うと、『手元にお釣りがないので両替してくる』と言って持ち逃げすることが多いので注意」と書いてあったのを思い出した。まさにこの通りに、店の主人が「お釣りがないので、友達の店で両替してくる」な〜んて言ったのだ!え?本のとおりじゃないの!まさかとは思うけどちょっと心配って思った私は、念のため、その主人の後をついていこうとした。

その主人は持ち逃げすると疑われていると判ったらしく、「Trust me!(信じてくれ)」って言い始めた。そこで私は「I'm sorry, but I can't trust you. Because this is the first time to meet you! (悪いけど信じられないわよ、だって初めて会ったんだもの)」ってニッコリと笑って答えたら、彼は大笑いをして、すぐ隣の店で両替をしてお釣りを渡してくれた。ちょっぴり疑って悪かったなぁとは思ったのだけれど、冗談っぽく言ったのが気分を悪くさせずに済んだのかもしれない。

私がスークから夕食の場へ直行したので手にお土産を持っていたので「いくらした?」と数人に聞かれたので話をすると、どうやら私が1番安く手に入れてきたようだった。みんな日本円やUS$でそのまま言い値で買ってきたそうだ。値切る交渉も面白いのになぁ。夕食を済ませて部屋に戻った。

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