10月10日  ルクソール → カイロ

前日は東岸の観光だったけれども、ルクソール2日目は西岸王家の谷の観光。対岸へはフェリーで渡る。生者の街(東岸)死者の街(西岸)ナイルという川で分れている。対岸へ渡ってからはバスで移動。

西岸を臨む
王家の谷のある西岸

【王家の谷へ】
王家の谷へ着く。1番最初に、ラムセスY世の墓に入る。中は王の功績がヒエログリフで彫られ、彩色されている。色彩が見事で目を見張るばかりだ。玄室は、四方の壁と天井の全てに絵が描かれている。天井の「昼の書」と「夜の書」の絵は女神が太陽を支配しているのを表していた。周りの壁の人物は暦を表しているのもある。1日1体なのだ。それぞれがそれぞれに意味を持っている。ともかくその色彩の素晴らしさには心奪われる。ISO400のフィルムを持参したけれども、ここはISO800の方が良かったなぁと出来上がった写真を見て反省。

ラムセス4世の墓の入り口 玄室の壁画
墓の入り口 玄室の壁画

【ツタンカーメン王の墓】
次はいよいよツタンカーメンの墓だ。ここはカメラ持ち込み禁止。バビさんがまとめて1ヶ所に集めていた。入り口にはカメラ持ち込みを見張っている墓守のオジサンがいた。暇そうな顔をしていたので、一緒にカメラに収まった。ツタンカーメンの墓は、本でも読んでいたけれども、ホント小さかった。そう、ファラオらしくなかったのだ。だが、それが幸いしたのだけれども。ここには今でもツタンカーメン王が眠っている。一部の棺はカイロにあるけれども、彼は未だに当時の棺に収められている。博物館で見た棺よりも内側の棺なので、やや小振りだけれど、それでも表面の細工が見事だった。

ツタンカーメン王の墓守のオジサンと 王家の谷でバビさんと 同じツアーの人達と
ツタンカーメン王の墓守のオジサンと バビさんと王家の谷で 炎天下を歩いて壊れた?私とツアー仲間


ここからバスまでかなりの距離を歩いて帰った。実際にはそう距離がないのかもしれないけれど、暑かったので大層距離があるように感じた。バビさんの腕時計には温度計もついていた。聞くと40℃を差しているとか。日差しは強くて、痛い感じだけれど空気が乾燥していたので、汗をかいてもすぐに渇く。

【ハトシェプスト葬祭殿】
この後は、ハトシェプスト葬祭殿。別名デル・エル・バハリ神殿女王ハトシェプストが造らせた神殿である。切り立った岩山が屏風のように後ろに控え、それは建っている。1階のみ見学した。本来ならばスロープで上に上がれるのだけれども生憎修復中だった。1階のテラスには壁画が刻まれ、彩色されていた。後年、彼女の息子が全ての彼女の存在を抹殺するため、彼女の名前を削り取ってしまったそうだ。
遺跡を背にして景色を眺めると、遙かに緑の土地が続いている。ナイルの恩恵を目の当たりに感じた。この葬祭殿では、よくオペラの「アイーダ」が上演されるそうだ。エジプトとが舞台となったエチオピアのお姫様の悲恋物語。篝火の中、さぞかし幻想的な舞台だと思った。

ハトシェプスト葬祭殿で メムノンの巨像
ハトシェプスト葬祭殿で添乗員のEさんと メムノンの巨像

バスに乗って、最後の観光、メムノンの巨像に向かう。ここはポツンと巨大な1対の座像があるだけ。かつては葬祭殿があったそうだけれども、今は完全に破壊されてしまい、跡形もない。かつては「像が歌う」と言われていたそうだが、今は沈黙を守っている

スーク(市場)で
ハーン・アル・ハリーリ

【カイロのスークへ】
ホテルへ戻り、遅めの昼食後、チェックアウト。夕方の便でカイロに戻る。カイロに着くと、すでに夜になっていて、ホテルに入る前にハーン・アル・ハリーリに行くことになった。
あまり時間もないので、殆どの人がまとまって歩く。スークの中は迷路のような感じだ。私はガラス細工の香水瓶が欲しかったので、バビさんの後についていった。お店に案内されて中に入ると、一面の棚に香水瓶がズラリと並んでいる。色も豊富で、デザインもどれも異なり、凝っている。いざ、選ぼうとして見ると、目移りしてなかなか選べない。やっとの思いでいくつかに絞って買ってきた。

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