11月17日  デリー → アグラ

【朝は寒い!】
いよいよ、インド観光が始まる。それにしても、朝は肌寒い。昼間、暑くなることを考えて、ノースリーブのセーターを着たが、それだけではとてもじゃないけれど、居られない。長袖のGジャンを着て、更にタータンチェックのストールを巻きつけた
まだ薄暗い中、バスに乗って出発。足元から、シンシンと冷えを感じる。この時期、朝はデリーでは10℃近くまで下がるそうだ。なのに昼間はまだまだ暑くなる。身体的には辛い環境だ。真夏は50℃まで上がるという。考えただけでも恐ろしい環境だ。

インド門へ向かう。門には第1次世界大戦の時に犠牲になった兵士達全員の氏名が刻まれている。約8万5千人分…物凄く…重みを感じる門だ。それは、広場の中にポツンと立っていた。高さ42mのとても大きな門だ。それだけの面積が名前を刻みつけるのに必要だったのかと思うと、胸が締めつけられる思いだ。足元は朝露で濡れていて、それがまた寒さを増長させる。太陽が昇ってくるのをここで見た。まだ、朝もやに包まれていて、晴れ渡っているという感じはない。

朝のインド門 ラージ・ガード
朝のインド門 ラージ・ガード

バスに戻って、ラージ・ガードへ向かう。ここは独立の父マハトマ・ガンジーを火葬した場所。いくらか日が登ってきたとは言え、まだまだ寒い。ここは当然と言えば当然だけれども土足厳禁。サンダルを脱いで、石畳の上を歩くのがとてつもなく冷たかった記憶がある・・・。早朝から掃除をしている人もいれば、我々観光客を見つけて物乞いに来る人もいて、色々だ。

【アグラへ向かう】
ここから、バスにてアグラへ向かう。高速道路?みたいな道路を走っているが、水牛?やロバに引かせた車も通っていたりする。ちょっとでも遅い車があれば、追い越しは当然。反対車線に車がなければ、例え先に対向車が見えていても、追い越していく。見ていると、そのうち正面衝突が起きるんじゃないかとハラハラするばかりだった。クラクションは鳴らしっぱなし状態。ともかくこの国じゃ、私は自分の運転では車に乗れないと思った。

バスからの車窓は、田園風景。キレイに四角く几帳面な感じに作られている。なんとなく意外な感じもするけれども、広い土地なので、日本と違って四角く田んぼを作ることが出来るのだろう。朝だから?田んぼや畑の中に座っている人を多く見かけた。トイレ代わりだった。目立たないところでするっていう感覚はないのか、それとも慢性化してしまっているのだろうか?数カ所、火葬にした場所を見かけた。くれぐれもそういう場面を写真に撮らないで欲しいと、現地ガイドの人に言われた。それでトラブルに発展することがあるそうだ。

【水に注意】
途中、2ヶ所ほどトイレ休憩。6時間くらい移動時間がかかるから、結構大変。外は日が登るにつれ、気温が上がってきたようだ。でも、バスの中はクーラーが効いているので、過ごしやすい。私の行ったツアーでは、水もバスの中に備えてあるクーラーボックスに冷やしてあって、売ってくれた。インドではミネラルウォーターを買う時は大変気をつけなければならない中身の水を水道の水等に詰め替えて売っている場合もあるからだ。そんな水を飲んだら、殆どの日本人は間違いなくお腹を壊してしまう。だからキャップが開けられている形跡があったら、その場で交換させるかして、自分の体調は自分で管理しなければならない。このバスの中で買う水は間違いなく安全だった。ビニールの封がしてあって、それを毎回剥がして飲んだ。今回の旅の間だけは、うがいや歯磨きの際もミネラルウォーターを使った。移動距離が長いから、お腹の調子が悪かったら大変だったろう。

【憧れのタージマハル】
アグラに着くと、まず、タージマハルへ。
タージマハルは、あの純白さを保つために半径500mは車の乗り入れが禁止されているそうだ。だからバスを降りてから、相当な距離を歩いていかなければならない。すでに日は登りきっているので、かなりの暑さになっていた。

正門
から入る。門は赤茶色をしている。その門には「神の下僕として入れ 神の庭へ」と刻まれているそうだ。門をくぐると、真っ正面に、タージマハルが姿を現す。それと同時に沢山の人人人…。霊廟の上にも下にも沢山の人がいるのが見える。やっぱりインドって人口が多いなって事をこんなところでも実感した。ムガール朝のシャー・ザマーン帝が最愛の妻、ムムターズ・マハルの為に築いた霊廟、高さは約66m。なんて大きいのだろう。そして、なんて美しいのだろう。こういった素晴らしいものを亡くなった後とはいえ、建ててもらえるってことは、ある意味『女冥利に尽きる』って私は思う。皇帝だから当然後宮には美女を沢山侍らせていたはず…。『その中で1番』ってことまではよくある話だけど、これほどのものを造らせるほど、ここまで気持ちを奮い立たせるほどの王妃は、一体どんな人だったのだろう?

正門 白亜のタージマハル
正門  『神の下僕として入れ 神の庭へ』 憧れのタージマハル まさしく神の庭!

【人 人 人】
正面には水路がある。本当は、門のところから写真を撮れば、水路も、タージマハルも真正面で一番いい撮影ポイントなのだけれど、次から次へと人が入ってくるので、とてもじゃないが、落ち着いて写真を写していられないので断念した。だから、斜めからの写真ばかりだ。説明を聞いた後は40分ほど自由行動になった。

タージマハルの上で タージマハルから正門を臨む
タージマハルの上で・・・ タージマハルから正門を見て・・・

みんな個々に行動開始。霊廟の王と王妃の棺も見れるそうだけれども、あの上に並んでいる人たちが全部そうだとしたら、時間内には見れない。そう、思いつつ、近づいていく。霊廟は土足厳禁。みな、靴やサンダルを脱いでいく。一瞬、ここに脱いで置いても大丈夫かな?という思いが過るが、万が一間違って掃いていかれたら、残りの日程が困るので、持っていたビニール袋に入れて持ち歩いた。大気は暑いけれど、大理石はひんやりとして気持ちよかった。素足にサンダルだった私は、大理石の心地よさをぺたぺたと歩いて味わっていた。やっぱり、門のところから見えていた人だかりは、棺を見るための行列だった。朝一番での観光か、もっと時間があればいいのだけれども、ツアーだから仕方ない。霊廟をぐるっと1周した。

【幻の…】
建物は遠くから見ると、白一色だけれども、色の違った石を組み合わせて象嵌細工がされていて、花などの模様で飾られている。いかにも女の人のための建物って感じだ。裏へ回ると、ヤムナー川が見える。もしも…シャー・ザハーンが息子に幽閉されていなければ、対岸には彼自身の為の黒曜石のタージマハルが造られていたかもしれない。川を挟んで、白と黒のタージマハル。そしてそれはお互いに橋で繋げられるはずだった。歴史に「…たら」「…れば」は禁物なのだけれども、もし、そうなっていたら、どんなに見ごたえがあっただろうか?もっとも、その裏には、民衆の苦しみがあるのだけれども。

ヤムナー川
ヤムナー川

またもや、長い距離を歩いてバスに戻る。バスに乗る寸前、母の両足が突然攣ってしまった。かなりの距離を歩いたし、疲れが足に来てしまったのだろう。まもなく治ったので安心するが、次のアグラ城見学は止めてバスに残っていると言う。あの大病以降、足が弱くなってしまったのだから、なんとも可哀想だけれど、命が助かっただけ良かったのだが。ツアー内に90歳のお婆ちゃんが参加していた。元気でかくしゃくとしているが、やはり念のためにアグラ城は見ないでバスに残っているという。母と2人で話し相手がいて、ある意味良かったかも?

【対照的なアグラ城】
アグラ城は、赤砂岩で出来ている砦タージマハルとは印象がガラリと変わる。ムガル朝アクバル帝とそれ以降の統治者が築いた砦で、高さ20m総長2.4kmの城壁に囲まれているそうだ。今でも8割は軍用の施設として使用中なので、見ることが出来るのはホンの一部にしか過ぎない。ということは、この砦の造りはかなり頑丈で、軍事上の面から見るとかなり優れていることになる。確かに外観は、強固な砦の感じを受ける。何者でも侵入を許さないという雰囲気を感じる。

アグラ城 外観 シャハンギール宮殿
アグラ城  外観 シャハンギール宮殿

しかし、それは、中に入ってみると一変する。入ってすぐにシャハンギール宮殿がある。1570年にアクバル帝が息子と妃のために立てたヒンドゥーとイスラムの建築様式が融合している宮殿だそうだ。同じ赤砂岩でも、目的が違うために違った造りになるとこんなに印象が変わるのかと目を見張った。

【シャー・ザマーン終焉の地】
ムサンマン・ブルジここ、アグラ城からは、タージマハルが望める。城の中にある、ムサンマン・ブルジ(8角形の塔)は、シャー・ザマーンが息子に幽閉され、息を引き取った場所。その塔の手前からタージマハルは見えているのだけれども、ムサンマン・ブルジはちょっとだけ突き出ているので、城壁が邪魔をしない。やっぱり、1番のビューポイントだ。息子としては、帝国の全財産を使いきられてしまっては、国を維持出来ないから、この幽閉は理解出来ないこともないが…。朝に、晩に、ここからタージマハルを見つめ続け、ここで息を引き取ったシャー・ザマーンの一生を考えると哀れみを感じる。果たして、彼は幸福だったのだろうか?と。

繊細な象嵌細工

この宮殿も白大理石づくりの床や壁に赤や青の石を埋め込んだ象嵌細工は花や草を表していて、建物の壁はそういった花々に覆われ、綺麗で繊細だった。これはタージマハルと一緒だ。見ていて、うっとりするくらいに綺麗だ。イスラム建築はなんて繊細で美しいものが多いのだろう?インドのイスラム建築の繊細さはスペインのアルハンブラ宮殿とは微妙に違うように感じる。ヒンドゥーと混じり合っている分だけインドの方が繊細な気がする。
そうそう、この宮殿の一角で映画のロケをしていたっけ。さすが映画の国。街中でも映画館の周りは人があふれ、庶民には映画が唯一の娯楽だと伺えた。


【パシュミナ・ストール】
ホテルは、ムガール シェラトンだった。豪華なホテル。荷物を運んでくれたベルボーイによると庭が綺麗だとのことだった。自慢の庭らしい。でも、残念なことに暗くなってからのチェックインだし、チェックアウトも、まだ薄暗いうちだったので、見れなかった。このホテルの売店で、カシミヤのストールを売っていた。時間を聞くと、夕食後でも大丈夫だったので、夕食後に入ってみた。日本で売っているパシュミナストールよりも、やはり本場だけあって、手触りが違うし、幅も広くて、かなり大判だ。今回してきている、タータンチェックのは真四角だから、長細いものも欲しいと思っていたので、ここでいくつか物色し始めた。やっぱり、値段によって手触りが違ってくるのがハッキリ判る。いくつか出してもらって、黒の、周りに細かい刺繍のしてあるのを買ってきた。

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