11月18日  アグラ → ジャイプール

まだ薄暗いうちにホテルを出る。地図上では近いようでも、国の大きさが日本とは異なるので、移動に時間がかかる。そのため、どうしても早朝の出発となってしまう。最初はファテプーリ・シクリへ向かった。

【見捨てられた都】
ファテプール・シクリとは「勝利の都」の意味だそうで、ムガル朝第3代皇帝アクバルが建設した都だったけれども、水が枯渇したため放置されてしまったそうだ。生命の源である水が枯渇してしまったのなら、人は生きていけない。それも仕方ないことでもあるけれども、果たして、皇帝は都を造るときに色々と調べたり下準備をしなかったのだろうか?と疑問に思う。まぁ、支配者とは往々にしてそういう気まぐれ的な行動が多いのかもしれないが。

遺跡の中へ入っていくと、我々のツアーしか居なかった。当然だが、ガランとしている。野良犬たちが多く住みついているらしく、沢山ウロウロしているけれど、どの子も悪さはしない。ちょうど朝日が昇ってきて、日の光が射し込んできて、建物の赤さが増したように見えた。ハーレム用の塔や、賓客接見用の建物など、用途に合わせてキチンと造られているので、勿体ないと言う感じが物凄くした。でも、生きていけないのだから仕方ないが…。

ファテプーリ・シクリ イヌに導かれた中庭で母と 朝日に照らされたバーンチ・マハル
ファテプール・シクリ 犬に導かれた中庭で 母と 朝日に照らされたバーンチ・マハルの1階

ディワニ・カース(賓客接見殿)に入ってみると、ナヴ・ラッタンの柱というものが建っていた。柱の上部には、放射状に伸びる通路がある。つまり、頭上を人が歩けるようにしてあるのだ。なんの為だろう?警備上の都合?それとも暗殺用?
ディワニ・カースを出て、犬に導かれるようにして行くと、バーンチ・マハル(5階建てのハーレムの女性用の涼風を楽しむペルシャ風、風の塔)の下に出た。中庭には、ブーゲンビリアなどの植物が植えてあり、ちょうど花が咲いていた。バーンチ・マハルの1階部分には無数の柱があった。朝日によって照らされ、赤味を増した柱は大層キレイだった。そのバーンチ・マハルの正面には舞台もあった。人前には出られないハーレムの女性のための配慮かも?これなら建物の中でも見て楽しめる。

バスに乗り込み、ジャイプールへ向かう。途中の記憶は無い…おそらく寝ていたのだろうと思う。起きて、バスの中からフロントガラス越しに対向車を見ていると、寿命が持たないし(笑)
アンベール城へ向かう途中で、湖の中に建つ宮殿を車窓から見た。「水の宮殿」と呼ばれているそうだ。帰りに写真下車するそうなので、ちょっと楽しみ。

【象のアンベール城】
アンベール城は、山の頂上に建っている。敵の襲来を最小限に防ぐには絶好の場所にある。その代わり…現代の我々が行くには大変だけれども。でも、幸いなことに、象のタクシーがある。
山の麓から山頂まで象に乗って登るのである。象は、4人乗り。象使いの後ろに、四角い座席?がある。それぞれ、2人ずつ横向きに背中合わせに座る。象はラクダと違って、足を折り曲げて人を乗せることは出来ないので、人が階段を上って、同じ高さから背中に座る。座り心地は…あんまり…。象によっては、壁際ギリギリのところを歩くので、壁側の人間は足を擦ってしまうことも度々。私もその一人。象自身は、横腹が壁に触ってないので感じないのだが、我々座っている人間は、横腹からさらに足が飛び出しているので、そうなってしまうのだ。
後で聞いたことなのだけれども、ここの象たちは殆どが薬漬けにされているそうだ。巨大な象が暴れたら人間は、ひとたまりもない。そのため、薬で半分覚醒状態にしているそうだ。話を聞いて、なんだか複雑な気分になった。

アンベール城の象乗り場
後ろに象乗り場 ガネーシャ神

門を入ると、ガネーシャ・ポールと呼ばれる建物があった。宮殿の公的・私的空間の境界の建物だそうだ。正面中央にガネーシャ神。それでこの名前がついたそうだ。それにしても見事な造りだ。ここも石の細工が素晴らしい。上層部分は人が通れるようになっているが、その壁の部分は一部透かしになっていた。遠くから見ると、大きな蜂の巣状の透かしのみに見えるけれども、下から見上げると、その中にはもっと細かい透かしがあった。なんて繊細な造りなんだろうイスラムの文化とヒンドゥーの文化が見事に混じり合って、昇華されている

鏡の間の天井
鏡の間の天井

劇的効果の鏡の間】
ガネーシャ・ポールをくぐり抜けると、中庭を建物が囲んでいた。建物の壁の装飾はいくら見ても見飽きないほどだった。シェーシュ・マハル(鏡の間)へ向かう。名前から、鏡一面の部屋なのかな?と想像していたが、天井一面に鏡が埋め込まれていた。ここは、入る人間を少しずつに加減していたので不思議に思っていたら、いきなりドアを閉めた。中は一瞬暗くなったが、蝋燭の明かりで、天井の鏡が妖しく煌めいたのだ!なんてロマンチックなこと!女心を掴みきっているって思った。

山頂から、麓を見ることが出来たので、写真に収めてきた。ちょうど象が登ってくる道がくねくねとしているのが判る。こんな風に一直線で城に来れないようにしているのは日本の城も同じ。考えることは世界共通なのだと思った。帰りは、馬車か、オートバイが引いていた車か何かに乗って山を下った。それがなんだったかは記憶が抜けている。象では無かったのは確かだ。

【お土産や vs 私】
その帰りの車の中でお土産売りからお土産をだまされないように気をつけて買って来た。鏡の貼り付けてある象の人形などは「何個でいくら」という売り方をする。断ると段々数が増えていくのはどこでもあること。納得して買う際には要注意!数を数えていく彼らの言葉は日本の落語の『蕎麦の話』のように、数字が飛ばされるのだ!気をつけないと、全く増やされていない状態だったり、却って減っている場合もある。母に注意したので、母も気をつけて数えていたが、結局相手が言った数よりも2個ほど少なかった。私はしつこく何度も数え直させ、自分も一緒に数えてしっかり数の分だけ買ってきた(^o^)vいつも、そうやって殆どの観光客をだまし続けているのだから、たまには『正直な商売』をしてもらわないと!もし、お土産を買うなら間引かれるのを計算に入れて、ホントに自分が欲しい数よりも何個か多めに言うか、それとも私のようにしつこく粘り勝つかでないと、損をする。

水の宮殿
水の宮殿

帰りに、行きにバスの中から見えた「水の宮殿」の近くの道路から写真撮影下車。1735年に夏の別荘として建てられたそうだ。見るだけでも、涼しそうだ。建物の中には大きな木も植えてある。なんとも贅沢な生活。それも夏だけの為の建物だなんて!

【ピンク・シティ】
ジャイプールの街に入った。街全体がピンクで塗られていて別名「ピンク・シティ」と呼ばれている。ピンクと言っても、どちらかと言えばややオレンジがかった色に見える。シティ・パレスへ向かう。ここは18世紀前半から代々のマハラジャ達が住居としている宮殿。今は、殆ど博物館となっている。一部、公開されていない部分は未だにマハラジャがジャイプールに滞在するときは使用しているとか。旗が揚がっていれば「滞在中」との意味だそうだ。ちなみに、私が行ったときは揚がっていた。

シティ・パレス マハラジャのシャンデリア
シティ・パレス マハラジャのシャンデリア

中の博物館は、代々のマハラジャの宝物が展示されていた。どれもこれも贅を極めたものばかり。中でも一際大きな銀の壺があった。なんでも、聖なる河ガンジス川の水をこれに入れて、外国へ持っていったそうだ。なんという贅沢か。中庭に面したいくつものドアは、それぞれ装飾が異なっていた。モチーフは孔雀なのだけれど、それぞれ個性的な装飾だった。シティ・パレスの中には、ターバンを巻いた人達が守衛?として居たけれども、どの人も写真を撮るには「有料」なんだそうで、私は敢えて撮ってこなかった。なんだか、ちょっと幻滅してしまったからだ。

【安眠妨害】
ホテルへチェックインすると、なんやらパーティがあるらしく、ロビーにはお米を彩色したもので絵が床に描かれていた。また、入り口も塵一つないほどに掃き清められてもいた。玄関前にはベンツが数台。中庭をすべて使っての結婚パーティだった。中庭に通じる出入り口のところにそう書いてあった。かなりのお金持ちらしく、招待客の中にはチョゴリを着た韓国の女性もいたし、世界中を行き来している人の家なんだろうと思う。パーティは夜中の2時過ぎまで行われていた。中庭に面した廊下を通りすぎるときに、庭に蛇使いが居たのを見た。その蛇使いの笛の音はパーティが終わるまで鳴りっぱなしだった。ツアーの中の人が見に行ったら、「どうぞ自由に入って、食べてください」と言われたそうだ。さすが金持ちの言うことは太っ腹で違う。花婿は白馬に乗って入場してきたと、次の日の朝、話していた。私達の部屋は、中庭に面していた部屋だった。お蔭で?夜中まで眠ることが出来ず…その後は明け方までスタッフの片付けをする音もしていたので、疲れている身には、チョッピリ辛かった。

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