11月19日〜20日  ジャイプール → デリー → 成田

風の宮殿
風の宮殿

【ネーミングのセンス】
風の宮殿へ行く。18世紀にジャイプール5代当主プラタプ・シングにより建てられた街のシンボル。イスラムの影響で外を歩くことができなかった宮廷の女性達が、ここから街を眺めたり涼を取ったりしていたそうだ。正面から見ると幅が広く、大きく思えたけれども、奥行きがあまりない感じだった。沢山の窓と美しい透かし彫りを施してテラスの風の吹き抜けが良いことから、この名前がついているそうだ。車通りの激しい道に面して建っているので、シャッターを押すタイミングが難しい。もう車が入ってしまうのは諦めて写してきた。それに、街灯や電線も邪魔だけど仕方がない。それにしても、この建物はなかなかいい。どうしてイスラム建築はこんなに繊細な造りなのだろう?名前もなんて素敵なんだろう?中に入っての見学はなかったけど、外観だけでも楽しめた。あの窓の向こうに黒いベールで顔を覆った女性達の姿が脳裏に浮かんだ。その後一路、デリーへ。

【個性的な塔】
デリーに着くと、まずはクトゥブ・ミナールに行く。クトゥブ・ミナール「勝利の塔」の意味で、イスラム教の建物。高さ73mで5階建てになっていて、外壁にはコーランの文字が彫られている。塔の下には、クワット・ウル・モスクというモスクがある。塔の1番下の部分は、丸い柱のような部分と角のある柱のような部分が組合わされて造られている。その上は、丸だけ。その上は、角のあるもののみ。かなり個性的な塔だ。デリーだけでないけれどインドでは大気汚染が酷い。ただでさえ人口が多いので車やバイクの数が半端じゃないのにどれも排気ガスが凄い。そのため、都市に来ると『空気が霞んでいる』ことが多く感じた。

霞んでいるクトゥブ・ミナール クトゥブ・ミナール チャンドラヴァルマンの鉄柱 アラーイーの塔
霞んで見えるクトゥブ・ミナール クトゥブ・ミナール チャンドラヴァルマンの鉄柱 アラーイーの塔

塔の前には「チャンドラヴァルマンの鉄柱」と呼ばれている鉄柱があった。高さ7m重さ6トンもあるそうだ。高さは納得できるけど、そんなに重そうには見えないんだけれど。なんでも、鉄柱を背にして立ち、腕を後ろに回して手を組むことが出来れば幸運が訪れるという言い伝えがあるそうだけど、今は柵があるので出来ない。残念。みんなが過去に触っていたから?下の部分が錆びているのかもしれない。
クトゥブ・ミナールの左手にはアラーイーの塔があったが、これは造りかけで終わっている。クトゥブ・ミナールに真似して造ろうとしていたらしいが、政治的な意味もあるのだろうけれど、造りかけのまま。いかにもインドっぽい感じ、おおらかと言うか、適当というか…。

【タージマハルのモデル?】
観光の最後はフマユーン廟だ。これはタージマハルの元となった建物で、かなり影響を及ぼしたそうだ。公園の中をずーっと行くと、フマユーン廟はあった。ムガル朝第2代皇帝フマユーンの為に王妃ハージ・ペグムが建てた霊廟だそうだ。こちらは奥さんが建てさせたのね、それにしても凄いなぁ。ムガル建築の原型だそうだ。それにしても、ガイドの人の話を聞くと、完成後は職人たちは他で2度と同じものを造れないような身体にされたり、命まで奪われたそうだ。よくある支配者の至上思考。一生懸命やったのに、その代償が命とは…。

フマユーン廟への道 こっちが元祖?
フマユーン廟へ こっちが元祖?

門から入って見ると、赤っぽい建物だった。タージ・マハルの方が洗練されている。庭も赤土だ。洗練さには欠けるかもしれないけれど、でも、これはこれで素晴らしいものだ。やっぱり、インドの文化は独特のものだって思った。


バスへ戻る途中、公園でリスを見た。インドでは野性の動物をいくつか見たアグラ城の近くではファテプーリ・シクリの近くでは孔雀。そして、オールド・デリーを始めとした街で、沢山の。ヒンドゥー教では聖なる動物なので、殺生はしないので、そのまま我が物顔で道路に沢山いた。車が来ても退きはしない。お蔭で渋滞が益々酷くなる。悪循環ではあるけれども、何もしない。バスの車窓からはスラム街も見た。本当に貧しいとはどんな感じなのか見て取れた。様々な要因があるので、なんとも一概にはコメントできない問題だ。

【成田で一悶着】
デリーからの日本への便は夜の出発だった。機中泊で翌朝成田着。無事に体調も崩さずに帰ってこれて良かったとホッとしていたら、税関で一悶着。手荷物のヴィトンのボストンバッグは現地で買ってきたのだろうと言われた。すでに何回も使っているため汚れているので、「外国製品持ち出し」の申請をしないで行ったのだけれど。何処から帰国か聞かれたので「インドから」と答えたし、パスポートも確認していたのに。確かに同じ時間帯で、シンガポールからなどのショッピング目的のところからの帰国便も重なっていたので、怪しまれたのかもしれない。でも、税関職員ならば、渡航先の国の経済事情くらいは勉強して把握しているべきだと思う。現に…5つ星のホテルばかりだったけれども、ブランド品のショップは目につかなかったし、街中でも私は見かけなかった。「ホントに?」と疑われたが、頭に来たので「あの国ではこう言った品物は売ってませんから」と言ったら、通してくれたが…。全く、最後の最後でアヤがついた。

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