5月17日  ジョグジャカルタ その2

【いよいよ、ボロブドゥールへ!】
ボロブドゥールは大乗仏教の石造りの建築物でジョグジャから42km離れている。ヤシの樹海に囲まれた世界最大の仏教遺跡。824年の建造と思われるそうだが、1814年に発見されるまで密林の中で火山灰に埋もれ、眠り続けたという遺跡である。それだからこそ、イスラム教の迫害も受けずにこれだけのものが残ったのだろうと思う。車を下りて、遺跡に向かうが、小高い丘の上にある。なのに火山灰で埋もれていたなんて一体どのくらいの量の火山灰を運び出したのだろう?丘の上に盛り土をし、その上に高さ23cmで統一された安山岩のブロック100万個を積み重ねて造られているが、下部、方形の6層と、上部、円形の3層から構成されている。ともかく素晴らしい。

ボロブドゥール階段を登って丘の上に上がる。ここで、やっと遺跡の下層部分を目の当たりにする。遺跡の周りはちょっとした広場みたいになっていて、インドにある、釈迦がその下で悟りを開いたという菩提樹の木を分けた木もあった。下層部分はきっちりと積まれていた。上を見上げると、仏像が外を向いて鎮座している。回廊の排水口も巧みに彫刻に隠されていて、一見判りにくい。

【遺跡に登る】

さて、いよいよ、遺跡に登ることにした。それぞれの方向に階段があるので、そこから登る。第1回廊は「方広大荘厳教」によるブッダの生涯を彫ってあるそうだ。ブッダ出現が予言され、摩耶夫人のお腹に白い象が入るという夢見の部分もある。その後、ブッダが王子として成長し、寺院や学校に通う姿もあり、出家していく様子が彫られていた。彫刻された岩は所々黄色くなっていたが、これはオランダ人が染めてしまったとか。植民地支配するために入り込んだオランダ人が研究のためと称して、写真に収める際に、彫りがキレイに写るようにとのことで彩色してしまったそうだ。なんとも…。これらの壁画は回廊の両側に刻まれている。回廊を全て歩いたら、一体、なんキロくらいあるのだろう

ブッダの物語の彫刻 黄色く染められた彫刻
ブッダの物語 黄色く染められた彫刻

途中、端折って、ストゥーパの林立する円壇部へ向かう。円壇の中央には大ストゥーパがそびえ、その周りに釣り鐘型の小ストゥーパが3層構造で72基、規則的に並んでいる。小ストゥーパは切り窓から中に安置された仏像の様子を見ることが出来た。外側2層の窓は菱形で、不安定な俗界の人の心を表し最内層の正方形の窓安定した賢者の心を表している。そして、窓のない「無の世界」大ストゥーパに収束していく。

林立するストゥーパ ストゥーパの窓の形の変化
林立するストゥーパ ストゥーパの窓の形をご覧ください

【幸福の仏像】
ストゥーパの中
ストゥーパの中を覗くと、完全な形の仏像は殆どない。手や、頭部のもげてしまっている仏像が多かった。いくつかは覆いの外してあるストゥーパがあり、中の仏像を直に見ることが出来るようになっている。それが、私が見たがっている仏像なのである。そこに行く前に、第1円壇ストゥーパ東側に「幸福の仏像」と呼ばれている仏像が安置されているストゥーパがあるので、そこに行ってみた。さすがに人々が群がっている。透かしの透き間から手を伸ばし、中の仏像に触れると、願い事が叶うとか…。
幸福の仏像に触る
男性は右手薬指、女性は左足に触ると良いそうだ。みんな順番待ちをして押し合い圧し合いしながら、触っている。私も順番を待って、手を伸ばして触れてきた。それもなんとかやっと…。全く自分の手の短いのを呪いたくなったでも、手を伸ばすのに必死で、願い事をキチンとしたかどうかは覚えてない(^^;その後、大ストゥーパを目指して上に登る。上から周りを見渡すと、辺り一面は樹海が広がっている。

【お目当ての…】
仏像後ろ姿
上に行くと、みんな最内層のストゥーパや、大ストゥーパに腰かけている。そこに座って寄りかかり、下を見下ろすにはちょうどいいのである。覆いの外してあるストゥーパは「俗界」にある。上から見ると、ちょうど仏像の背中のあたりに「危険 登るな」の立て看板。ちょっと邪魔なのだけれども仕方ない。それにしても…背中に色気があるなぁ覆いが外してあるので、それを目印にして行く。
お目当ての仏像のところまで降りた。
右から、左から、前から、後ろから、といろんな角度から見て、写真を撮る。印を結んだ静かな表情はなんとも言えず美しい。ここで、「危険」という文字は見なかったことにして(^^;ストゥーパに座り、仏像と2ショット。あの端正な顔と並んで写るのは、ちょっとばかり気が引けるのだけれども。

お目当ての仏像と 私の好きな角度
一緒に・・・ 私の一番好きな角度

私の好きな角度は向かって左から。うん、何とも言えない。この顔が見たくてここにやって来たのだから!

心行くまで見ることが出来たので、そろそろ下に降りることになった。ジョグジャまで1時間ばかりかかるし、日も傾いてきた。降りながらも写真を写して歩く。途中、同じTシャツを着た人達を何人も見かけた。集団で来ているのだろう、でも、なんの団体かな?と不思議に思っていた。ハルティニさんが聞いてくれたらしく、「ジャカルタからの社員旅行」とのことだった。何回か、集団撮影中のところを通るので、そのうちに「一緒に!」と誘われて一緒に入って写る。私達もカメラを渡して一緒に写してもらう。その後彼女達は、まだ遺跡の上に居たが、私達は急な階段を降りていった。最後にまたもう一度、遺跡全体を写して岡の下まで降りた。下まで降りて駐車場に向かう途中でまたさっきの社員旅行の一行と出会う。そこでまた、撮影会(笑)前に2人座ったので、後ろのみんなで内緒でいたずらしながら写る。きっと写真が出来上がったら、ビックリするんじゃないかな?


【風邪にマッサージ?】
妖しげな2人
ボロブドゥールでは、お土産屋が売りつけに来て煩いほどだった。断るのが大変なくらい。旅行中に葉書を出したいので欲しいと思っていたが、あまりの煩さに閉口する。断れば断るほど枚数は増えていく。最初はふっかけてくるので断って、妥当かな?って思うところで買った。ともかく観光客が圧倒的に少ないので向こうも必死だ。なんとか振り切って、広場の市場の中を通りすぎる途中で、敷物を敷いて、マッサージをしている人がいた。うつ伏せに寝そべっている人は上半身裸。なんでも「風邪を引いたので治している」とか。ちょっと怪しげ(笑)してもらっている人も、goo!のポーズをしている。私達が3人で賑やかに見ていたので、側にいた男の人が敷物を丸めたなぁって思って見ていたら、マッサージをしていた男の人に「ハリセン」よろしく一撃をお見舞い!みんなで大笑いしながらそこを離れた。

ジョグジャ市内へ戻りながら、銀製品のお土産屋に寄る。ここは美智子皇后が以前立ち寄ったお店の系列だとかで、かなり大規模なお店らしい。ピアスなどのアクセサリーや、銀食器などが沢山あった。私は汗っかきなので銀は酸化してしまうので身に付けない。だからアクセサリーはパス。その代わりに、ティースプーンで気に入ったのがあった。家にお土産でちょっと奮発した。かなり最初は高かったので、少しだけ値切った。言い値と要求との差がなかなか縮まらなかったけど、粘ってみた。「差額の分は、神様が払ってくれるわよ!」って言ってみたら、お店の人も笑って交渉成立

【ラーマナヤ鑑賞】
お店に居るうちにあたりは真っ暗になってきた。ホテルには戻らずに直接夕食を取るレストランへ。地元インドネシア料理の店だけど、ここはここでまた美味しい。料理もさることながら、ここの
パイナップルジュースが美味しかったこと!食事後、同じ敷地内の劇場で「ラーマナヤ」舞踊を見た。プラウィサタ劇場は野外劇場だった。観客席に向かう途中、みんなで空を眺めて、南十字星を探した。多分、あれかな?っていうのを見つけた。私にとっては初めての南半球の体験だった。空には十六夜の月が輝いていた。間もなく、舞踊が始まった。

薄暗い明かりの中でのそれはエキゾチックだった観光客は疎らだったので、最前列で見ることが出来た。お蔭で写真撮影にはナイスの場所だったのだけれども、余りの暗さに撮影には条件が厳しすぎた。舞踏は掠われた姫が無事に救出され、その後身の潔白を証明するために火の中へ身を投じたところで終わった。演目が終了したので、全員が舞台に並んで挨拶に来た。
舞台がはねてお客が少なかったせいもあるのかもしれない?が、舞台に手招きされる。一緒に撮影もして良いとのことで、喜び勇んで写す。私達の他は、地元の人達のグループと、ジャカルタに駐在しているという日本人のオジサマ4人組だけだった。私達はゆったりと見れたから嬉しいけれども、やはり張り合いが少ないだろうなって思った。早く前のようになるといいなぁと心からそう思った。

いよいよ、インドネシアでの晩も最後になってしまった。記念に、ホテルのバーで3人でカクテルを飲んだ。周りは池に囲まれていて、思いに浸るのにはなかなか良かった。

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