5月18〜19日 ソロ → ジョグジャカルタ → ジャカルタ → 成田

朝方のムラピ火山いよいよインドネシア最後の日になる。朝食後、一人5FのMさんの部屋に押しかけてみた。私の部屋とは反対側であり、さらに5Fと言うことで眺めが全然違う。さらに、バルコニーまでついている!部屋からはムラピ火山がよく見える。羨ましい。これなら早く起きて日の出を見る楽しみもあったなぁ。(帰国後、Mさんから朝方の写真を貰う)

【ムラピ火山】
荷物を詰めて、チェックアウト。最終日は、ソロ(スラカルタ)に向かう。ソロは昔はスルタンが住んでいた街でいわば、京都みたいなところ。連休の最終日の割りには道路もさほど混んでいなくてスムーズだった。車窓からはムラピ火山が見えた。車が動きながらの中、カメラに収めようと必死になった。日差しが強いので、空の色が白っぽく飛ばないように偏光フィルターを買って持ってきた。フィルター効果はファインダーを覗きながら調節するので動きながらだと難しい。
ムラピ火山ちょっと道路が広くなったところで、運転手さんが気を利かせて止まってくれたので、少しの間落ち着いて写真を撮ることが出来た。ムラピ火山はいまだ、活火山だそうだ。8年ほど前の大噴火の時、ハルティニさんは、ちょうどボロブドゥールの上に居たそうだ。火山からは40kmほど離れているけれども、大量の火山灰が降り注ぎ、辺り一面真っ暗になったそうだ。大急ぎでお客を誘導してバスに乗り込んだとか。その後バスも火山灰の影響で視界は無に等しくなり、大幅に遅れながらも無事に事故にも合わずに。ジョグジャ市内へ戻ったそうだ。ホントにこの自然ばかりは、どうになるものではないので大変だ。

【よもやま話】
車内ではインドネシアの生活習慣についてや、学校についてなど色々と話をしながらソロへ向かった。インドネシアでは、イスラム教、ヒンドゥー教、キリスト教といくつかの宗教が認められているそうだ。それで面白いことに、年一度のボーナスは、宗教によって支給日が異なるそうだ。だから、隣の人が貰っているのをはた目で見ていなければならないこともあるそうだ。なんだかそんなのは、ちょっと我慢が出来ない感じ(笑)

また、公務員は、以前は家族一人当たり米10kgずつ支給されていたので、給料の殆どはそれ以外の消費に使うことが出来るほど恵まれているが、普通の会社の場合はそれもないので、かなりの生活の差が出来るとのことだった。また、学校には屋台が来るので、そこで生徒たちは皆、おやつを買って食べたりしているとか。ハルティニさんも、お弁当を作ってあげていたけれども、一人だけ仲間外れで買い食いが出来ないのでは可哀想だということで、最近はおこずかいを持たせるだけにしたと話していた。それからインドネシアでも、「お受験」みたいに幼稚園の頃から塾通いをさせる親が増えてきていると話してくれた。

【ソロ観光】
ソロ市内に着いた。ラジャ・プスタカ博物館を見学。見学後、目の前の通りを写す。車道と線路、街路樹があって、その外側は主に自転車が通る。他の市内ではオートバイが多かったけれども、ソロではまだまだ自転車が多かった。ともかく、この街はノンビリした感じを受けた。道を隔てた斜め前のレストランで、ハルティニさんは結婚式をしたと打ち明けてくれた。「もう大分前のことですが…」と、チョッピリ照れながら話してくれた。今回、仕事で組んでいる運転手さんの彼も招待したそうだ。彼は余計なことは一切しゃべらないで無口な人だったけれども、運転は上手で、乗っていて安心できる人だった。たまにキャンディーを渡すと嬉しそうに受け取ってくれていた。

ソロ市内 ハルティニさんと運転手さんと
ソロ市内(博物館前の通) ハルティニさんと運転手さんと

博物館から、マンクヌガラン宮殿に向かう。ここは未だに王家の一族が住んでいるそうだ。万が一出て来たら、お目にかかれるかもしれないとワクワクしていたけれども、それも叶わず残念だった。ここでは、内部専用のガイドがつくのが決まりだった。説明は彼女がしてくれ、それをハルティニさんが訳してくれた。内部には王家の宝物が沢山展示されていたが、どれも撮影禁止だった。ヨーロッパの王家とのやり取りの品々、伝統芸能の冠など色々とあった。貴金属もあったけれども、異色なのは、黄金の貞操帯(^〃^)。ヨーロッパなどでは「女性用」が残っているが、ここでは、なんと「男性用」のがあった。スルタンは後宮に美女を沢山侍らせるのがお決まりなのに、大層気弱なスルタンも居たものだ。鍵は王妃が握っていたらしい。いちいち、お伺いを立てたのだろうか?(^^;

【ブガワン・ソロで目がテン!】
ブガワン・ソロ王宮を出て、プガワン・ソロ(ソロ川)に向かう。この川は歌で有名らしいけれども、私は知らない世代。ハルティニさんにせがんで歌ってもらった。歌詞では大層キレイな川だけれども、実際は汚いので、期待はしないようにと言われた。

実際に見た感想は…。所々、木陰にシートが敷いてある。まぁ、ここはいわばデートコースなんだとか。対岸を眺めていたら、子供が川にボールを落としてしまった。それを追いかけてオジサンがいきなりスッポンポンに!!我々4人は目がテン!まぁ、かなり距離が離れていたので良かったと言えば良かった(なにがじゃ〜?)ともかく真っ昼間のことで予想外の行動だったのでビックリした。でも、無事にボールも拾えたし良かった。子供はその後、怒られていた(笑)

午前中で、ソロの観光はお仕舞い。昼食は中華だった。ソロは華僑の人達が多く住んでいる街で、お店の他のお客も中国系の人が多かった。行ったレストランは、シンガポールでの料理コンテストで賞を取ったことのある店だそうで、大層美味しかった。昼食後、一路ジョグジャへ戻る、渋滞を心配して早めの移動。なんせ連休最後の日だし。でも、心配も杞憂に終わり、かなり早めにジョグジャに着いた。

【余った時間は女性定番の…】
時間もかなり余っているので、お土産を買ったり、お茶でもしようということで、時間つぶしにシェラトンホテルに寄る。ここで、最後のお土産購入。私は、探していたサイズのバティックのテーブルセンターを2枚、赤と青のを買ってきた。それと、バティック染めの布1枚。後で車に積んでいるクッションのカバーを母に縫ってもらうつもりだった。なるべく細かい柄を選んだ。そうすれば、模様がずれてもある程度は大丈夫だからだ。

お土産も買い終わったので、中のレストランでお茶でもしようと話が決まる。ハルティニさんは遠慮して辞退したが、色々と話を聞かせて欲しいと同席をお願いした。せっかく来ているのだから、何も彼女だけ飲ませないと言うのは可哀想だし、もし、値段のことを気にしているのだったら、このくらいは色々と良くしてくれたので奢っても構わないと思っていた。やっぱり女同士色々と話が弾む。実生活の話も聞いてみなくては判らないし。

ソロからの帰りにも地元の人が行くという大型スーパーにも寄ってもらったし。これは予定外の行動だったけれども、有り難かった。4人でフレッシュジュースを飲んでも1000円ちょっと。日本じゃ考えられない値段。それでもこちらでは大層な金額だし。誘ったのは我々だし、ハルティニさんが気を使わないように支払いはカードで済ませてしまう。後でTさんへのお土産代も含めてワリカンにして精算してお仕舞い。

4時半になったので、ホテルを出る。18時ジョグジャ発のジャカルタ行きのガルーダに乗るので、フライト時間も迫ってきたからだ。空港は大混雑していた。ここで、ハルティニさんと別れる。ホントに日本語も上手で、気持ちのいい人だった。お蔭で楽しく旅行が出来た。感謝感謝。飛行機は、帰りの便も定刻通りに離陸。さすがだ〜。他の航空会社の飛行機は遅れが出ているというのに…。

【ジャカルタに戻る】
ジャカルタでは、ムッディさんがまた出迎えてくれた。ジャカルタジョグジャに比べると湿度が高い。空港から出るといきなりムッとした暑い空気が押し寄せてきた。空港から一番近いシェラトン・バンダラ・ホテルへ夕食のため 向かう。帰りの便は23時25分発という夜中の便なので、夕食はジャカルタで済ませなければならない。かといって、市内へ出てしまうと、万が一渋滞に巻き込まれたり、事件に巻き込まれると戻ることは出来なくなるので、ホントに空港のそばのホテルを指定したのだ。

空港にもホテルがあったけれども、私達が来る寸前に、ケンタッキーが爆破されるという事件があったばかりなので、そこは見送ったのだった。ここでは、夕食を済ませてから、トイレで着替えたり今夜の機内泊に備えて色々と準備をした。21時過ぎに空港へ向かった。ここでムッディさんとはお別れ。我々が搭乗手続きを済ませるのを、ガラス越しに見ていてくれたので、大きくジェスャーをして別れる。

【帰路につく】
出発まで2時間ほどあったので、大層時間を持て余した。それに、疲れも出てきた。ともかく椅子に座りたいが、空港が広いのでなかなかゲートに辿り着かない。やっとのことで空いている椅子を探して3人で座り込む。周りには日本人しか居ないしってことで、半分ウトウトしながら時間を過ごした。帰りの便もJAL。勿論機内はガラガラ。帰りは席を動いてゆったりと座る。

今回は私にしては珍しく寝つけなかったので辛かった。近くの子供の歌声が耳につき、寝不足のまま成田へ。頭に来ることに親は注意もせず、平気な顔をしていた。全くもう!(怒)成田は雨が降っていた。行きと同じ天気。そして当然のことながら寒い。帰りもTさんの迎え付き。Hさんとは成田で別れ、Mさんと私はそれぞれ自宅へ。Mさんは午後から出勤したそうだ。私は1日有休。バッタンキュー!

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