2月11日 東京 → パリ → フィレンツェ  その1


夢が実現する日
がやって来た。この日をどれだけ待ち続けたことだろう。
目覚ましのアラームは5時半に鳴った。7時頃、Tさんが自宅まで迎えに来てくれることになっているので、余裕を持って起きた。身支度を済ませ、最後の荷物をボストンバッグへ入れる。パスポート、チケット、お財布を間違いなくポシェットにしまったか、何度も確認する。これだけあれば、あとはなんとでもなるのだから(笑)
7時15分前に自宅の電話が鳴った。Tさんからだった。Tさんに旅行のアレンジをお願いすると、送迎付きなのである。2003年のインドネシアの時も来て貰ったけれども、一度だけだったので覚えている訳もなく、カーナビもやや不正確なので近くまで来て、自宅の場所の確認だった。ほんの少し行きすぎたので戻ってもらう。

【自宅を出発】
まもなく車が止まった。挨拶を済ませ、母がTさんにも朝食としておにぎりを渡す。私もバッグの中に入っている。成田で時間を潰している間に食べるつもりでいる。キャリーケースとボストンバッグを車に乗せ、7時少し前に出発。祝日なので、道路は大渋滞か、ガラガラかの両極端である。万が一のことを考えて余裕を持っての出発だった。首都高に乗るまでは、私がナビをする。加平から首都高に入る。環七も順調だったし、高速に入ってからも順調だった。途中、小雪が舞い始めた。このまま本格的な降りにならないことを祈りつつ成田へ向かう。道中も順調すぎるくらいに進み、8時ちょっと前に酒々井サービスエリアに着き、ここで最終確認と、時間調整を行うことにした。

酒々井では1時間半程時間調整をした。その間雪がかなり大きな状態で降り始め、地面が真っ白になってきた。本格的になると飛行機の運行も左右してしまう。私は過去に大雪の影響で出発が大幅に遅れてしまい(なんと8時間も!)乗継ぎが間に合わなくて翌日早朝に現地入りという苦い経験をしているので、甚だ不安だった。今回はそうならないことを願うばかりだった。フィレンツェ迄の直行便は無いので、一旦パリへ飛び、そこから乗り換えてフィレンツェ迄飛ぶ。帰りはベローナからフランクフルトへ飛び、そこからは成田迄の直行便である。

【シャルル・ド・ゴールで乗換の不安】
Tさんからパリ−シャルル・ド・ゴール空港と、フランクフルトの空港の見取り図を貰った。フランクフルトは行ったことないので判らないが、シャルル・ド・ゴールは大変大きな空港であった記憶がある。もう8年ほど前にロンドンへ行くときにシャルル・ド・ゴール経由で行ったのだ。その時、ターミナルが搭乗時間寸前に変更になり、慌てて移動した記憶があった。外国は日本と違って、ゲートが寸前に変更になることは多々あることらしいが、案内が乏しいのが問題なのである。今回もそこなのである。
過去に慌てた経験があったせいか、今年の初夢はなんと!シャルル・ド・ゴールで迷っていた夢だった。なんとも嫌な夢だったことか!逆夢であって欲しいと願うばかりである。見取り図を見ると私が行った時よりもターミナル2が拡張されていた。以前はA〜D迄だったが、E・Fが追加になっていた。到着はターミナル1で、フィレンツェ行きはターミナル2からの出発なので、バスに乗って移動だった。

前回よりも幾らかは旅慣れたのだが、却って色々な事情が判るだけに心配も増えてくる。でも、その反面、度胸も付いたはずなので、何かあったら、当たって砕けろ!というところ。人間の移動に関しての不安は、さておき、荷物がキチンと乗り換えて貰えるかが何よりもの不安だった。今迄ロストバッゲージの経験は無いけれども、会社の人が出張で荷物が出てこなかったという話はちょくちょく耳にしている。とりあえず、万が一のことを考えて、必要最低限のものだけはボストンバッグに詰めて機内持ち込みにした。
大分時間も迫ってきたので、そろそろ成田へ向かうことにした。待っている間に雪も止み、地面の雪も溶けてなくなっていた。ホッとした。

【成田空港で…】
成田空港に着くとすぐにANAのカウンターに行きチェックイン。席は非常口のところの窓側。足が伸ばせるので長時間のフライトには最高の場所である。荷物は間違いなくフィレンツェ行きになっているかを確認した。多分大丈夫だと思うが。出発前に1枚写真を撮ってもらい、ここでTさんと別れる。

出国前のセキュリティチェックのところは以前なかったのにフェンスが張られている。多分イラクへの自衛隊派遣のことがあったからそのように設置されたのかもしれない。そして、その前に物凄い人の列。異常なくらい並んでいる。中の様子が判らないので、買い物を済ませたら早々に並んで入ることにした。

2階に上がってまずは水を買い求めた。その後、機内で読む本を買いに本屋へ。これはいつものお決まりの行動。本屋ではイタリアのことを書いている塩野七生さんの本が目に付いたのだが、以前挫折したことがあったので、それは帰ってきてから読むことにした。今思えば、その時買って、機内で読んでおけばもっと良かったと悔やんでいるが…。頭が疲れないように気楽な本を選んだ。最近の中国の一般市民の生活状況を書いてあるエッセーにした。同じアジアの国なのに、「え!」と思うようなことが多い中国。いくつか読んでいるが、どれもこれも面白いものが多い。

会計を済ませ、すぐに列に並ぶ。毎度のことだが、1人で並ぶと団体が割り込んできたりして、いつも損な思いをする。1人が順番を取るために並んでいて、後で仲間がド〜ンと合流する。だからせっかく入り口が間近になっても全然進めてないことになってしまう。または、変な風に並んで、キチンと並んでいた人をはじき出して、人数の多さを楯にとって自分たちの列を「正しい列」にしてしまう。集団でいる心理と言うものは怖いものだ。こういった感覚で外国に行くので「だから日本人は…」と言われてしまうのだろう。

セキュリティチェックを抜けたら、中は拍子抜けするほどガラガラだった。いつもの如く私は、税関で「外国製品の持ち出し」の申告を済ませてから出国手続きの列に並ぶ。以前、インドへ母と行った帰りに、税関の職員に携行品のバッグで難癖をつけられてとても不愉快な思いをしたからだ。行った先が先進国のファッショナブルな買い物目的の旅行が多い場所だったらば、まだ言いがかりをつけられるのも理解出来なくはないが、失礼だが、インドのような、まだまだそういったブランド類の発売に関しては遅れているところで、そのような高価な品は入手したくても出来るはずがないのに、である。ましてや、新品ではなかったのだから、ちょっと見ればすぐに判るはずだった。職員の勉強不足というか認識不足に大いに怒ったのであるが、今後の良い教訓になった。

出国手続きは、それぞれ7〜8人しか並んでいなくて、すぐに終わる。沢山の人の列を見ていたTさんも心配しているだろうと思い、「中はガラガラだったので安心して欲しい」とメールを入れておいた。ゲートも歩いて2番目のところだったので、とりあえず近くの椅子に座っておにぎりを食べることにした。私がおにぎりを食べていると、外国人の家族連れの子供2人がチラチラと見ている。欲しそうな顔をしているのではなく、ただ日本人がなにか不思議なもの(=おにぎり)を食べているという感じだった。

食べ終わったあとは何人かの友人とメールのやり取りをしていた。だが、あまり沢山メールすると電池がなくなってしまうので、緊急連絡の場合の連絡先も携帯に入っているので、ほどほどで止める。他に特に買い物をする気もさらさら無いので、とりあえず搭乗ゲートに向かった。そちらの席は殆ど埋まっていて、辛うじて座れた。その後、間もなく満杯となって立っている人も多くなったので座れてラッキーだった。

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