1995年3月18日  成田 → パリ → ロンドン

【別々に出発】

雨の成田を出発。 友達2人はヴァージン・アトランティックで直行便。私はANAパリ経由でロンドン着。もしかしたら同じ便になればラッキーなんて思っていたのだけれど…甘かった(^^;私の方はパリでの乗り継ぎで、ややフライト時間が早かったしということで、2人ともターミナルが違ったけれど私の方へ来てくれた。そこで、最後の確認。私の方が後からロンドンへ入るので、私から2人へ連絡を取ること。取れなかった場合は、翌日市内のハノーバー・スクエアで1時に待ち合わせということにした。彼女たちは半日観光が付いていたので、それが終わってからの待ち合わせとしたのだ。私も午前中は一人でつまらないので、土地勘を養うためにも、オプショナルの半日観光を申し込んだ。1度さーっとでも見ておけば、何を重点に見たいか、なんとなく掴めるからだ。実際、この選択は良かったと思う。ガイドブックだけではどうしても判らないもの。

【シャルル・ド・ゴールでの出来事】
これが私にとって3回目の海外旅行で、初のヨーロッパとなるのだけれど、12時間ほどのフライトについてのコメントは何もアルバムにも書いてない。我ながら何していたのだろう?(笑)でも、シャルル・ド・ゴールでの出来事は今でも忘れられない。成田で出発の際に、乗り換えのシャルル・ド・ゴール空港の案内を詳しくされた。大きな空港でターミナルが2つに分れていること、到着ターミナルと、(ロンドンへの)出発ターミナルが異なるので、シャトルバスで移動して、乗り遅れの無いようにと言われた。その時、「まだ未確定だけれども」という前置きで今の時点での出発ターミナルの案内もされた。

ところが、パリへ着くと成田で聞いたターミナルとは案内が違うところになっている。同じターミナル2であることはあるし、到着したターミナル1からバスに乗ることは間違いないのだけれど、ターミナル2の中はA〜Dまである。成田で聞いたのは2Dだった。ところが、空港の案内では2C。同じフリープランで来ていたらしい人達数人はそのまま2Dで降りたけれども、表示が違うので、私と同じく疑問に感じた人数人がそのまま2Cへ向かった。でも、気になるので小まめにモニター画面をチェックしていた。

【変更に気づく】
ところが、搭乗時間ギリギリになって、最初の成田での案内通りの2Dへ変更になっているのに気がついた。正直、かなり焦った。私の記憶では、ターミナル2内の巡回バスはD→C→B→A→Dという順番で回っていたと思う。そうなるとBからCへ行くのは、隣だけれども、ぐるっと回らなければならない。ドキドキしながらバスに乗ったのを覚えている。ロンドンへの便はエールフランスだったので、当然周りは外国人だらけ(っていうか、自分が外国人じゃないかよ!って突っ込まれそう)軽食の機内食が出た。サンドウィッチだったけど、恐ろしくまずいものだった記憶がある。美食の国の飛行機だからいくらかは期待していたのに…。

【よくわかりませ〜ん】
ロンドンヒースロー空港に到着。イミグレでなんやら、あれこれ突っ込まれた。東洋人で、団体ツアー客でもなく、パリ経由でってことで、不法滞在者予備軍とでも思われたのかな?「観光」って答えたんだけど、会社はどこだ?とか聞かれたので、社名は答えたけど、後は面倒だし、イマイチよく判らなかったので、ジェスチャーで「判らない」と表したら通してくれた。空港からホテル間の送迎は付いていたので、楽だった。後はホテルへ連れていってもらうだけだったし。

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