プロローグ

「今年の旅行はシルクロードにする!」
2002年1月半ば、気分転換にふらりと一人で香港へ行く寸前に目に留まったツアーの案内。確か…出発前日晩か、当日に新聞に載っていたその日程が目に入った。詳しい資料が欲しい、でも、自分は香港へたったの3日間だけど行くので、取り寄せの依頼も出来ない。帰ってきてからだと、場合によっては満員でNGになるかもしれない。なんせGW絡みで、日程は申し分ないのだもの。そこで、母に予約状況の確認と、詳しい資料の取り寄せを頼んで香港へ出かけた。
【シルクロードと聞くと…】猪八戒、孫悟空、三蔵法師、沙悟浄
シルクロード…歴史の教科書に載っているこの言葉を聞いたとき、なんとも言えない
エキゾチックな響きを感じていた。中国の絹がユーラシア大陸を通り、はるばるヨーロッパまで運ばれた道。物流が文化まで運んだ、このシルクロードの東の終着地が日本だなんて!遙かかなたに思いをはぜてしまう。シルクロードと聞くと、やっぱり最初に思い浮かべるのは楼蘭の美女。発見されたミイラは大層美しかった生前の姿が伺えるとのこと。これに絡んで、ヘディンの「失われた湖 ロプ・ノール」の話を思い出す。そう…この話を読んだのは、もうずーっと昔、12才の頃だった。

それから、
「西遊記」三蔵法師と孫悟空達の話。これは大好きな小説の一つである。子供の頃にダイジェスト判を読み、その後大人になってから、岩波文庫で全10巻の完訳本を読み終えた。途中、訳者の急逝もあり、完結までにはかなりの年月がかかったが、根気よく待ち続けた。長安、今の西安から旅だった三蔵が、数多くの困難を乗り越えて西天に辿り着き、仏典を持ち帰ってくる話。それには火焔山を始めとして、色々な話が出てくる。その火焔山も、シルクロードには存在する。モデルとなった都市の遺跡もある…。

三蔵法師の話を、画家の平山郁夫画伯が、奈良の薬師寺の壁画に描いた。前管長だった故高田好胤師のたっての願いに筆を持ち、ついに完成した法要はTVの生中継で見た。今は特別公開の期間しかお目にかかることは出来ないが…。そのモデルとなった地を訪れてみたいと思っていた。

また、ウルムチトルファン
火焔山のあたりは、上海に駐在している知人からも話に聞いていた。中国全土を仕事で歩き回っている人が「異国情緒にあふれた素晴らしい土地です。仕事を離れて一度じっくりとまた訪れてみたいものです」と言っていた場所でもある。

香港から帰ってきて話を聞くと、まだ申込者は数名程度とのこと。これからどっと増えるに違いない。資料も翌日くらいには手元に届き、すぐに会社の日程とツアー日程の確認をした。4月26日出発と30日出発がある。これなら帰ってきてからも、まだ休みなので疲れは取れてから出勤できる。その代わり26日出発だと1日有休を取らなければならないのだが…。会社のGWの日程は9連休。しかし、私は10連休になる。ちょっぴり良心が痛まなくもないが、普段の仕事の状況からすれば、差し障りもないので、休みを取って行くことにした。それに…たった数日早いだけで、10万も旅費が違うのである!薄給の身としてはなるべく安く行って来たい。それだけあればお土産代にしたらかなりのものになる。

【情報がない…】
2月の初めには申し込んだので、ガイドブックを買い込み、インターネットでアレコレと調べ始めた。しかし…ウルムチの天気予報は見つかるが、トルファンに関しては見つからない。ウルムチは内陸なのでかなりの気温差があるので、持っていく洋服もアレコレ考えてしまう。天山山脈の中腹の湖に登るので、ここは寒いとふんで、トレーナーと長袖シャツなど冬の支度も用意した。でも、それ以外ではあまり日本と気温が変わらないように思えた。そうなると、冬支度では暑いので、春先の服も必要だし…念のため、暑いときのことも考えて、Tシャツも1枚入れた。

出発数日前に、今回の添乗をしてくれるTさんからの電話があった。前の年の時は天山で雪に降られたとのこと。だから防寒対策はしっかりとして欲しいとのことだった。また、砂漠地帯でもあるので、カメラなどは砂が入らないように各自対策をして欲しいとのこと、寝台列車泊があるので、1泊分の荷物を入れるバッグも持参した方が良いとのアドバイスがあった。まぁ、あとは洋服さえ決まればいつもの支度をすればいいことだしって気楽だった

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