4月27日  ウルムチ → トルファン

朝食は見晴らしのよい展望レストランで取った。窓からはウルムチ市内の景色が一望できた。さすがに区の中心都市なので大都会だ。日本だと『区』というと小さい自治体だけれども、こちら中国では『区』は大きいのである。日本の概念とは異なっているので、単に言葉で聞くだけだと違和感を覚える。それにしても、ちょっと寒い。しっかり着込んでおく。ロビーのところの表示を見ると、天気は良いのだけれども、最低気温が8度で最高が15度だって。そうなると、天山山脈はもうちょっと寒いだろうなぁ。一応、
ホカロンを貼り付けたので大丈夫かな?

ホテル前の通り 車窓から
ホテル前の景色(友人Nさんより提供) 車窓より(友人Nさんより提供)

【天山山脈に向かう】
バスにて天山山脈中腹の湖、天池へ向かう。街中は大都会だけれども、少し外れるとまだまだ未開の土地が広がっている。街を行き交う人々の顔を見ると、少数民族の人達が沢山いて、特に、老人を見ると、ヨーロッパ系やトルコ、インド系の顔立ちの人。女性は、美人が多いみたいだ。天気は快晴!去年の同じ時期、Tさんが添乗して来たときは、こちらは雪が降っていて、天山山脈は登れなかったとか。それからすれば奇跡みたいなものだって。やっぱり、晴れ女かな?私。

天池ウルムチから約90kmの天山山脈のボゴダ峰
(モンゴル語で『聖なる山』の意味)中腹、標高1980mのところにある湖。中国の西王母伝説の場所でもあり、その風景は「中国のスイス」と称されているそうだ。天池までの道は、まるでいろは坂。くねくねとした道をひたすら登っていく。人は殆ど見当たらない。たまに、地元の少数民族の人達を見かけるくらい。ところが、ある地点から人々がウジャウジャと。みんなスコップを片手にしている。どうやら植樹行事?らしい。確かに山肌がむき出しになっているところもあるけれども、あんな感じで根づくのかなぁ?それよりも、ここまでどうやって来たのだろう?山の途中にはロープウェーもあった。しかし…それに乗るためにここまで来るのが大変なんだけどな。

まるでいろは坂のよう 中国のスイス? 可憐な黄色い花
いろは坂のような天池への道 全面結氷している天池 可憐な高山植物(S氏より提供)

【中国のスイス】
そうこうしているうちに天池に着いた。バスから降りると、思ったよりも寒くなくてラッキー。雲一つない快晴湖はまだ全面結氷している。太陽の光が氷に反射して眩しいくらいだ。サングラスが必要だ。氷の上を渡る風は少しばかり冷たいけれど、大層心地よかった。
この景色を見ていると、本当にここは中国なのだろうか?と思えてくる。現地ガイドのアイクリさんが、こんなに晴れた状態は1年に20日間ほどしか無いのに、その1日に当たっているようだと話していた。本当にラッキーだった。気温も多分、10度くらいかなぁ?足元には黄色い可憐な高山植物が咲き始めていた。同じツアーで来ているN氏が彼の友人のS氏が持ってきたマクロレンズを付けたカメラで花を撮影していた。それを見て、帰国後に焼増しを私にも頂きたいとお願いした。帰ってきてから写真を見ながらインターネットで色々と調べてみるけれども、結局名前は判らないまま。

山を降りるにつれ、気温が上がってきた。行きは朝のうちだったので寒かったけれども、昼間になって太陽の光で暖かくなってきたのである。おまけに、寒さ対策で、普段は着ない長袖Tシャツも着て、さらにホカロンまで。隣はMさんという女性だし、通路の向こうも違うから、トレーナーから腕を抜き、中のシャツ類は脱いでしまった。外は山だし、どうせ人もいないのだから見られるはずもないって(笑)全くオバサン化しているかも〜。

カザフ族のゲル(テント)山を降りる途中で、川が流れているところに、少数民族(カザフ族)のゲルがいくつか並んで建っていた。道端にバスが止まり、みんなで降りる。ガイドブックには、カザフ族はロバで天池までガイドをしてくれたり、ゲルに宿泊させてくれると書いてあったが、金銭トラブルが多いので注意とのことだった。まぁ、唯一の現金収入だから仕方ないか。中は結構キレイだった。外にはテーブルがいくつかあり、そこに何人かの人が座っていた。ツアーの中にポラロイドカメラを持ってきた人がいて、早速写したのをプレゼントしていた。彼らは、普段は一緒に写るけれども、自分たちの写真は持ってないようなので、大層喜んでいた。

ウルムチ市外れの天府飯店で四川料理の昼食。味はまぁまぁ。目の前の道路は天山通りと書いてあった。まさしく、天山への道だもの(笑)

【楼欄の美女と対面】
この後、市内の新彊ウイグル自治区博物館に行き、あの有名な
「楼蘭の美女」のミイラと対面。ミイラでも、生前美人だったというのはハッキリとうかがえた。今迄に見たミイラのイメージとはまるっきり異なる。顔にも柔らかな、ふくらみがあって、髪の毛も爪も…。マニュキアも残っているミイラも!ただ、残念なことに保存のための処理(当時としては最新だっただろうが)のために、全体的に黒っぽくなってしまっていた。この女性を見てもそうだけれども、街中を歩く女性も本当に美人が多い。漢民族ではない、ヨーロッパ系の血が流れているのがよく判る。こちらのミイラは、エジプトのとは異なり、人為的にミイラにしたのではなく、単に埋葬しただけで、乾燥砂漠地帯だったために自然とそうなってしまったそうだ。じゃあ…もし、私がここで埋葬されて数千年後に発見されたら(美女であるかどうかは別として)なんと言われるだろうか?(笑)



【現代のシルクロード?】
見学後はシルクロードを体感しながら砂漠のオアシス都市トルファンへ向かった。所々、かつてのシルクロードに沿って造られた?という高速道路をひたすら走る。こんな僻地なのに、道路は立派!
周りは岩山ばかりで何も無い、まさに不毛の土地。遙か昔はラクダやロバに乗って人々は東西を行き交っていたというのに…。そして一歩間違えば、死が待ちかまえていたこの土地。それを思えば、なんということだろうか。

この高速道路は、数年前に完成したらしい。テニス仲間の友人が学生時代に訪れたときは、「高速なんて通ってなかった」と言っていたくらいだったのだから。途中、こんなところで、
万が一事故が起きたり、故障したらどうなるのかしら?って内心は不安を抱えていた。そのくらい道路しかなかったのだから。日本では、道路から少し離れたところには必ず家があるけれども、こちらでは、一軒の家さえも見当たらなく、当然、サービスエリアはないし、給油所も殆どなかった。家があるところは、オアシスのあるところで、水があるために人が住むことが出来るので、給油所兼お店がある。そこで人々はトイレを借りたり買い物をしているそうだ。

風力発電所 奥は天山山脈
風車と天山山脈(友人Nさんより提供)

道中には風力発電所があった。数百の風力発電のための風車が立ち並び、とてもキレイだった。遙かかなたには、天山山脈が見えた。アイクリさんによると、山に雲がかかっているので、今朝、ピーカンだった天池のあたりはもう雨が降っているだろうとのことだった。本当にラッキーだったとしか思えない。

3時間以上走って、砂漠のオアシス都市のトルファンへ到着。最高級ホテル?の緑州賓館(オアシスホテル)泊。ウルムチ
寒かったのに対して、砂漠のど真ん中のトルファンは、とても暑くて、夜は何も掛けずに寝たくらいだった。

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