4月29日 トルファン → 敦煌

トルファン観光最後の日。夜は寝台列車に乗って敦煌まで移動するので1泊分の着替えや身の周りのものはスーツケースとは別のバッグに入れた。スーツケースは荷物専用車両で運ぶのだそうだ。

【トルファン観光】
2つの川に守られた交河故城へ行く。文字どおり、
2つの河が交わる高台にある城址遺跡。ともかく広い。ここは寺院や居住地区が多く残っていた。幸いなことに風もなく、歩いて回る見学には最適な天気だった。この遺跡は戦争のために見捨てられた都。それにまつわる話。遺跡が発掘される度にそれらを裏づけるものが出てくる。無言の語りかけだ。いつの時代もそうだけれども、酷さだけが残る…。

交河故城 壊れた遺跡 河を臨む
交河故城入り口 かつての都市 交河故城より河を臨む

地下水道 カレーズその後、灌漑用の地下水道カレーズへ。カレーズとはペルシャ語で『掘って水を通す施設』との意味だそうだ。遠く天山山脈からの水を引いているのである。それにしても、モンゴル語やペルシャ語での地名が今でも残っているなんて、本当に文化が混じり合った場所なんだなと納得する。カレーズは今でもトルファンの大動脈。キレイに澄んでいる水で、そのまま飲用水として使われているそうだ。

【葡萄の里 トルファン】
トルファンには至るところに
葡萄棚があった。そしてその近くには「葡萄涼房」(乾燥小屋)があった。レンガを積み上げた小屋で造りは、至って簡単。レンガで交互に透き間を造りながら壁を造る。小屋の中には棒が数本吊してあって、その棒には無数の細い棒が埋め込まれている。まるで枝が生えているかのように。その枝の部分に葡萄を釣り下げて、ただ乾燥させるだけ干し葡萄の出来上がり。空気が乾燥しているから簡単なのである。お土産用に干し葡萄が山のように積まれて売られていた。葡萄の種類の名前が漢字で書いてあって、それが山に差してある。味見は色々とさせてくれた。ともかく甘い。種類によって、味の深みが違うのがよく判る。ここ、トルファンでは、600種類以上の葡萄が栽培されているそうだ。そのほんの一部だけれどもともかく種類が多いのにはビックリする。ここで、自宅用に数種類の干し葡萄を買い求めた。後でパウンドケーキに入れるのにちょうどいい。

数十種類の葡萄 葡萄棚の下にて
いろんな種類の葡萄 葡萄溝の葡萄棚の下にて

昼食のため、またホテルに一旦戻る。その後、葡萄の里、葡萄溝へ。ここは火焔山の西にある小さな渓谷に広がる葡萄畑。葡萄棚が一面に広がり、散策できるようになっている。葡萄の時期はここで生の葡萄を色々と食べられるそうだ。知人の話ではかなり美味しいとのこと。葡萄の時期に訪れてみたいものだけれども、夏場は50度くらいになるそうだ。4月末の今でさえも30度近くはあるのだから、食べたかったら、暑さは覚悟しなければならない。暑さの苦手な私としては、来たいには来たいが…。葡萄棚の下を歩いていると緑に囲まれて、砂漠の真ん中にいるとは思えないくらいだった。心洗われる感じがした。

葡萄溝を後にして街に戻り、トルファン博物館へ。ここはミイラや、恐竜の骨が沢山陳列されていたのが印象的だった。勿論ここも撮影禁止。

ちょっと早めの夕食を取る。約60km離れたトルファン駅へ向かわなければならないからだ。街中では感じないが、砂漠の中の道は荒涼としていて、強風が吹きまくる。そのため、早めの移動が必要なのだ。万が一の場合は、回り道の必要があるとのことだった。

【噂通りの公衆ト○レ】
強風の中、1時間半ほどで駅に着いた。バスを降りると風が冷たくて寒い。早く待合室で着替えないと風邪を引いてしまう。待合室の鍵が開けられるまでの間、外にある
公衆トイレに行ってみた。以前、駅の待合室のトイレが壊れていたとのことで、念のために行っておいた方が良いとのことだった。公衆トイレだけあって、凄い…。扉無い…。溝だけ…やっぱりガイドブックや、噂の通りだったんだ。それでも、田んぼの中ではなく、建物の中なので用を済ます。

【特別待合室って…】
我々外国人のツアーは一般の待合室ではなく、「特別待合室」にて電車を待つことになっていた。普段は鍵がかけられている建物で、中に入ると階段があり、場所は3階。エレベーターなどという『贅沢品』はない。荷物を持ってフウフウ言いながら階段を登る。部屋の中はとてもキレイでソファーが置いてあり、お土産やら水などの飲み物も売っている。心配されていたトイレも修理されていて、
センサー付きの水洗になっていた。下手な日本の駅のトイレより立派じゃん!普通のお客が入り込んでトラブルの起きないように我々が入ったとたんにまた鍵をかけられる一種の監禁状態だ(笑)
すぐにTシャツから半袖セーターに着替え、その上にカーディガンを羽織る。ホッとする。その後、歯を磨いたり、化粧を落として顔を洗ったりと、さっぱりとして電車を待つ。ちなみに洗面所はお湯は出なかったと思う。後は寝台列車が来ればいつでも乗れるような状態にしていた。
その待合室からホームへは直接降りることが出来るようになっていた。ここで、初めて一般の中国人乗客と一緒になるようだ。定刻通りの運行がされるのか甚だ心配していた曹さんだったが、その後、予定通りに運行しているとの情報を聞き、安心していた。

トルファン駅ホーム
トルファン駅ホーム

そろそろホームに降りていた方が良いとのことで、階段でホームに降りた。外は益々冷え込んで、薄手のコートを着ていて丁度いいくらい。ホームでは食べ物を積んだ車を押した物売りがいた。なんだか判らないお菓子のようなパンのようなものがあった。電車が来るまで、写真を撮ったり、ここでお別れをするアイクリさんと話をしたりして過ごす。案内のアナウンスもなく、電車がホームに入ってきた。こんなに長いホームなのに、どの辺に止まるのだろうか?軟座(一等車)はどの辺なのだろう?と思っていたら、目の前で止まったところから乗って欲しいとのこと。乗ったら、そこが軟座だった。

電車の挿絵電車の挿絵電車の挿絵

【軟座の中】
車内の部屋ウルムチ重慶行きの列車は定刻通り20時54分に駅に着き、21時4分、定刻通りに発車した。私達は4人用のコンパートメントの車両を利用した。部屋の中は2段ベッドで、各車両にはトイレ2つと洗面所が付いていて、かなり近代的だった。枕と蒲団とサンダルとポットも備えつけてあった。エアコンは完備されている上、扇風機も付いていた。ただ、この時期は中途半端な時期なので、エアコンは入らなかった。トイレは停車中は使用できないように車掌が鍵をかけてしまうそうだ。部屋は中から鍵が掛けられるようになっているので、防犯も万全。
私は一人でツアーに参加して一人部屋を希望していたので、ホテルでは一人だったが、ここでは相部屋になる。我々の部屋は一人で参加した女性同士で集められ、それも、ツアー中に仲よくなった2人のMさん、Hさんとの組み合わせだったのでホッとした。さすがに添乗員のTさんや曹さんがしっかりチェックしてくれていると思った。

砂漠の中を走っているので、外は真っ暗で何も見えないので、車窓は楽しめない。その代わりに女4人でおしゃべりに花が咲いた。それでも旅の折り返し地点なので、早めに寝ることにした。
途中、3ヶ所ほど駅に止まる。部屋の外の通路に出てみて、廊下から外を眺めるけれども、駅名がホームに書かれていないので、何処の駅だかさっぱり判らず。日本みたいにやたらに書かれていないのだ。電車は思ったよりは揺れが少ないのだけれど、止まったり、動いたりなので、睡眠が小刻み状態。それでも寝込んだ一瞬は深い眠りだったので、幾らかは救われた。

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